いまを春べと (ページ7)

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それにしても静かでいい場所だな、と最後の一口を飲んでから、改めて店内を見回す。夜の営業はしていないらしく、もうお客さんも少ない。

私もそろそろ帰ろうと、バッグをつかんだ時だった。

パリンッ

何かが割れる音がすぐ近くでして、私は思わず小さな悲鳴を上げた。はっとして顔を上げると、どうやら空のお皿を下げていた店員さんが手を滑らせてしまったらしかった。

「すみません、失礼しました。」

ものすごい勢いでキッチンから出てきた男の人を手で制すと、その店員さんは慌てた様子で頭を下げた。まだ心臓がバクバクしているのを感じながら、私はその人が破片の片づけをするのをぼんやり見ていた。

しばらくして、片付けが落ち着いたのを見計らってから会計をお願いする。おつりはちょうど50円。手渡してくれた店員さんの手に、傷は見当たらない。

よかった、と心の中でつぶやいて、私は店を出た。

「…あの！」

お店からほんの数メートルのところで、男の人の声に呼び止められる。振り返ると、さっきの店員さんがこっちに向かってくるのが見えた。

「あの、さっきはすみませんでした。お皿割って、びっくりさせちゃって…。」

「…え。いや、そんな。気にしないでください。私の方こそ、大げさに驚いてしまってすみませんでした。」

そう言って頭を下げ返しつつ、私は内心罪悪感でいっぱいになっていた。私は、他人の何倍も大きく音に反応してしまう。そのせいで、今まで何人の人を不快にさせてきたか…。

「そんなつもりないんですけど、俺いつもボーっとしてるって言われてて…。でも、これからもっと気を付けるので、よかったら懲りないでまた来てください！」

「も、もちろんです。初めて来たんですけど、本当にお店の雰囲気も良くて。必ず、また来ます。」

本当ですか？と、店員さんの表情がパッと明るくなる。それから、「お待ちしています」の言葉とふんわりした笑顔を残して、店員さんは去っていった。

「…綺麗な人。」

言ってから、はっと口元を押さえる。

…私、あの人に会ったことがあるかもしれない。