いまを春べと (ページ46)

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「A、この後何かあんの？」

「あ、うん。えっと…」

口ごもった私を見て、松倉くんは慌てたように頭を掻いた。

「ごめん、彼氏持ちに聞くことじゃなかった(笑)。」

私は、どう返事をしたらいいかわからなかった。

恋愛相談とまではいかないけど、松倉くんにだけは色々と話を聞いてもらっている。だから、七五三掛さんと両想いだったということはそれとなく松倉くんにも伝えてある。

でも、恋人だと自信を持って言えるかと聞かれれば、すぐには頷けない。気持ちを伝えられたあの日から2ヶ月、たしかに何度も会って一緒に時間を過ごしたけれど、告白をするとか付き合うとか、そういう明確な言葉はないままだ。

そんなものにこだわるのは少し子どもじみているのかもしれない、と思いつつ歩いていると、隣を歩いていた松倉くんがふと足を止めた。

「…A。もしかして、あの人？」

「え？」

松倉くんの視線の先をたどると、紺のロングコートに柔らかそうな素材のマフラーを巻いた男の人が立っているのが見えた。以前にもまして明るくなった茶髪が、冷たい風に揺れている。

私が無言で頷くと、松倉くんは「やっぱり」と言って笑った。

「A、」

「ん？」

「これからも、友達でいてくれる？(笑)」

冗談っぽい笑顔で顔を覗き込まれて、なんだか可笑しくなる。

「急にどうしたの。それはこっちの台詞だよ(笑)。」

私も笑いながら返事をすると、松倉くんは明るい笑顔のまま片手を上げた。

「…じゃあ、俺行くわ。また年明けな。」

うん、と答える声は少しかすれてしまった。ダウンのポケットに手を入れて道路の反対側に行く松倉くんを見送ってから、七五三掛さんのところへ小走りで向かう。

「Aちゃん、大学お疲れさま。」

私に気づくなり、彼はそう言って穏やかに笑った。大きめのマフラーのせいか、もとから小顔なのにさらに顔が小さく見える。

そのうえマスクもしているから、表情は目からしか読み取れない。それなのに、はっきりと笑顔だと分かるほど優しく垂れた目尻は、私の心を一気に華やがせた。