忘れじの ページ45
ぽつぽつとオレンジの灯りが見えるだけの暗闇に、自分の吐いた息が白く浮かび上がる。視界の端で同じように白い息が上がるのを見て、私は横に顔を向けた。
「A、お疲れ。」
「松倉くん、お疲れさま。」
お互いに掛け合った声は、どことなく重たい。そう思ったのは松倉くんも同じなようで、ほんの少し苦笑いを浮かべながら口を開いた。
「Aの方はどうだった？卒論発表会。」
「…うん、なんか思ってたのと違った。」
「結構殺伐としてたよな。教授たちも厳しいし。」
「松倉くんの方も、そうだった？」
うん、と答えつつ、松倉くんは困ったように笑った。
私たちはまだ1年生だけど、この大学はゼミに配属されるのが早い。参考になるからと、今日は自分が希望しているゼミの発表会をそれぞれが見学することになっていた。
「クリスマスに発表会とか、うちの学部はどうなってんだか。」
「ほんとにね(笑)。」
松倉くんと同じように苦笑いをした後、そういえば松倉くんの希望のゼミはどこだったかと、聞いてみた。英米文学だと答えた後、松倉くんが自分のつま先に視線を落とす。
「Aは、日本文学だよな。」
「そうだね。近世とも少し迷うけど、やっぱり中古かな。」
「中古？」
「平安時代の文学。やっぱり女流文学、特に和歌をやりたくて。」
「和歌って、あれか。えっと……五七五七七？」
「そうそう、よく知ってるね。」
「あんま詳しくはないけど(笑)。…でもやっぱ、そういうのってむずくね？」
「難しいけどね、面白いよ。」
三十一文字の制限の中に、読んでいるこっちが重たく感じるほどの思いが詰まってる。しかも、それは意外と現代人の感覚に遠くない。だから、面白い。
こんなことを力説したら、いくら松倉くんでも引いてしまうかもしれないと思って、さすがに胸のうちにとどめた。
それでもさっきまで難しい話ばかり聞いていたせいか、文学の研究は難しいとか、堅苦しい話題に傾いてしまう。
お互い苦笑いが収まらないまま、私たちは気づけば大学の敷地を出ていた。
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作者名：おさと | 作成日時：2023年3月18日 13時
