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アパートの前に着く頃には、あたりはだいぶ暗くなっていて、ここまでの距離が決して短くはなかったことが分かる。
ずっと握っていた手を放そうとした瞬間、彼はひどく心細そうな顔をした。
「…体、温めて休んでくださいね。」
「うん、」
「明日、お店にうかがいます。ちゃんと、しずさんにも謝らなくちゃ。」
七五三掛さんは少し考えるような顔をした後、首を横に振った。
「…今回もそうだったんだけど、俺が体調崩すとね、しずがいっつも付きっきりで面倒見てくれるの。1人で背負わせちゃってるんだよね、多分。しずからすれば、理解者が増えたみたいでほっとしたんじゃないかな。だから、Aちゃんは謝らなくていいよ。」
悪いのは俺だから、と言う声の弱々しさに、胸が震える。
「俺、強くなりたいんだよ。本当は家族もしずも、周りの人誰も泣かせたくない。なのに…」
まるで私のことなんか見えていないような顔で話す彼を見ていられなくて、私は言葉の続きを閉じ込めるように目の前の体を抱きしめた。
抱きしめるというより、抱きついたといった方がいいかもしれない。例えば海人くらい身長があれば、ちゃんと包み込めたかもしれないのに。
七五三掛さんは、私の肩に手を添えてそっと体を離した。そして、ほんの一瞬、触れるだけのキスをした。
「……好きです。」
「俺も、好きだよ。」
おやすみ、と言うと、七五三掛さんは私に背を向けて歩き出した。その後姿を見送りながら、後悔に押しつぶされそうになる。
本当は、好き以上の言葉を言いたかった。昨日までの私もあなたを好きだったけど、今の気持ちには到底及ばないと、はっきりわかる。
でも、それをどう伝えたらいいのかわからなかった。
彼の後姿が見えなくなっても、唇が元の温度を取り戻しても、私はどうしても言葉を見つけられなかった。
【逢ひ見ての 後の心に くらぶれば 昔はものを 思はざりけり】
(あなたと両想いになってからの恋しい思いに比べたら、恋が実る前の片思いなんてなかったようなものです。)
「逢ひみての」終
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作者名：おさと | 作成日時：2023年3月18日 13時
