いまを春べと (ページ5)

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「…はー、ねみー。」

隣から聞こえてきた声に、思わず肩をすくめる。チラッと視線を右に向ければ、見慣れないスーツ姿の海人がいた。

「大学の入学式って、別に要らなくね？こんなに人ごちゃごちゃしてんの、お前だって嫌だろ。」

「今隣に海人がいるのも、私は嫌だけどね。」

「…俺、いつお前にそんな嫌われるようなことしたよ。」

不機嫌そうに口元を曲げると、海人はもう一度大きな欠伸をした。

何も変わってないな、とその横顔を見て思う。海人は近所で育った幼馴染だけど、特に仲が良かったわけじゃない。

むしろ、私はあまり海人のことが好きじゃなかった。いちいち小ばかにしてくるような態度も、人を傷つけた自覚に乏しいところも、得意ではない。

だから、海人まで上京して、しかも同じ大学に進学するって知ったときも、同郷の頼もしさなんて微塵も感じていなかった。

「…お前、学部どこだっけ？」

「文学部。」

「あぁ、あれか。古典だろ。あれの何が面白いんだか…。まあ俺、かるたは強かったけど。」

「海人は、百人一首全然覚えてなかったでしょ。」

「周りも覚えてなかったんだから、いいだろ。もう反射神経勝負よ、あれは。」

やれやれ、とあきれたところで、式が始まった。上京、引っ越しと、ここ数日忙しくて私も疲れている。つい、欠伸が出た。

思わずウトウトしかけていた意識がはっきりさせられたのは、退場のとき、式が終わった解放感とざわめきで頭が揺さぶられてからだった。

「…A、」

海人がまた隣で何か言っているけれど、周りのがやがやした声に意識を持っていかれたせいで上手く聞き取れない。

四方八方から飛んでくる声に圧迫感を感じて、私が思わず両手で耳を押さえると、海人は私の真新しいスーツの袖を引っ張ってずんずんと歩きだした。