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俺の話、聞いてくれる？
泣きたくなるほど優しいその声を、私は一度だけ入ったことのある七五三掛さんの部屋で聞いた。
貸してくれたTシャツの匂い、部屋の匂い、目の前のマグカップから立ち上るお茶の匂い。
どれもなじみのない匂いなのに、不思議と私は落ち着いていた。どれも心地よくて、むしろかすかな眠気さえ感じられそうなくらいだった。
「雷、止んでよかった。」
小さなローテーブルを挟んだ向かいに、七五三掛さんが座る。ゆったりとした黒いTシャツの胸元で、控えめなネックレスが静かに光っていた。
「しずが連絡してきたんだよね。さっきまで、Aちゃんが店に来てたって。」
「…ごめんなさい。私、」
「色々聞いちゃったんだよね。いいよ、大丈夫。話さなきゃって、思ってたから。……ていうか、ごめん、ちょっと違うかな。話したいと思ったんだけど、どう伝えたらいいのか、ずっと悩んでて。」
ずっと連絡できなくてごめん、と、痛みをこらえるような顔で頭を下げる。私は、黙って首を横に振った。
「…如恵留は、何か言ってた？」
「如恵留くんは、何も。」
そう答えながら、「如恵留」と呼び捨てにする声ににじむ親密さに私は少し驚いていた。それを読み取ったのか、七五三掛さんがゆっくりと口を開く。
「…如恵留のお父さんには、すごくお世話になったんだ。」
「え…。でも、おじさんは、」
「精神科の先生だよね。川島先生にお世話になったのは、俺でも母親でもなくて、父親なの。」
そう言うと、七五三掛さんはあの栞を持っているかと私に訊ねてきた。頷いて、何とか中身を濡らさずに済んだ鞄から栞を取り出す。
「…だんだん心臓の機能が落ちてく病気だったのね、うちの母親も。こんなこと言うのよくないと思うけど、弱ってく母親を見てるのが辛かったんだと思う。ずっと母親についてるうちに、父親も気持ちが疲れちゃったみたいで。あんなに強かった人でも心を壊しちゃうことがあるんだって、正直俺もめちゃくちゃショックだったんだよね。」
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作者名：おさと | 作成日時：2023年3月18日 13時
