乱れそめにし ページ27
夏休みの図書館はいつも以上にがらんとしていて、だからこそ小さい音も余計に響く。
後ろから足音が近づいてくるのが聞こえて、私は手元の本を見たまま声を出した。
「…海人、なに？」
「は、怖いんだけど。」
背中に目でもついてんの？と言いながら、閲覧スペースの隣の席に座る。海人の足音は結構わかりやすいんだよ、と言うと、また気味悪がられた。
「まだヤバそうな本読んでんな…。りく、りくおく？……なんだこれ。」
「りくおく？…あぁ、これね。ここでは、『みちのく』って読むの。」
陸奥の しのぶもぢずり 誰ゆえに 乱れそめにし 我ならなくに
私が口の先でつぶやくように読むと、海人は顔をしかめながら私の手元を覗き込んできた。
「…意味わかんないんですけど。」
「しのぶもぢずりっていう、すり衣……このページに乗ってる写真ね。この模様のように私の心が乱れているのは、あなたのせいですよっていう意味。恋の歌だね。」
はぁ、と気の抜けたような返事をしつつ、海人の視線はまだ本の上にあった。珍しく興味を持っているのかと思ってその横顔を見ていると、不意にその顔がこっちを向く。
「クソつまんない夏休みだな。」
「…宮近くんから、聞いたの？」
「あぁ、聞いた聞いた。お前が、死んだような顔で特別講義受けてるって。」
「悪かったね、死んだような顔で。」
「そもそもお前ら、夏休みに講義を受けるのが謎すぎるだろ。」
「宮近くんは今のうちにたくさん単位取って、後から楽したいって言ってたけど？」
それも聞いたよ、と言って、海人は大きく伸びをした。
「…フラれたんだろ。」
なんでわかるの、と言いそうになって、慌てて言葉を飲み込んだ。海人に七五三掛さんのことを教えたことはないし、そもそもフラれたわけではない。
でも、あの日以来七五三掛さんとは連絡がつかないままだ。如恵留くんには何度同じ質問をぶつけてもはぐらかされるし、七五三掛さんがいるはずのカフェはなぜかここ最近臨時休業の張り紙が貼られている。
いっそフラれてしまった方が今の状況よりスッキリしそうだな、と思うと、無意識に重いため息がこぼれた。
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作者名：おさと | 作成日時：2023年3月18日 13時
