いまを春べと (ページ23)

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シャツを羽織ったまま洗面所の鏡の前に立つと、そこには想像以上に不格好な自分が映っていた。

手の甲まで隠してしまう袖に、だらしなく余った着丈。どうしても、着られている感が否めない。

七五三掛さんは小柄な方かもしれないけれど、私だって決して大柄とはいえない。彼も男性なんだと思うと、自分の体格に合わないサイズ感に甘い喜びを覚えてしまう自分がいた。

「…いやいや、何してるの。」

しばらく何をするでもなく鏡の前に立っていた後で、ようやく我に返る。このシャツをもとに戻したら、七五三掛さんを起こさないようにもう帰ろうと思った。

「なに可愛いことしてんの？」

「きゃっ、！」

ちょうど袖から腕を抜こうとした時、後ろから低い声が聞こえた。思わず小さな悲鳴を上げた私の後ろに七五三掛さんが立つのが、鏡越しに見える。

「ごめん、びっくりさせちゃったね。」

「いえ…というか私こそ、こんなこと……本当に、すみません！」

「なんで謝るの？可愛いのに。」

「いや、もう本当に、これは洗ってお返しします！」

いいよいいよ気遣わないで、と笑う七五三掛さんの顔色は、さっきよりいくらかよくなったように見える。ただ、洗面所の照明のせいもあるのか、ほんの少し頬のあたりが痩せているようにも見えた。

「…体調、大丈夫ですか？」

「うん、もうバッチリ。ごめんね、心配かけて。最近、ちょっと夏バテ気味だったから。」

「ご飯、ちゃんと食べられてますか？睡眠もちゃんと、」

「ふふ、Aちゃん俺のお母さんみたい。」

「お母さんって…。私、年下ですよ。」

「じゃあ、お嫁さん？」

お嫁さん。こんな言葉ですら甘く聞こえるなんて、私はよっぽど小さい子供に戻ってしまったんだろうか。

急に恥ずかしくなってしまって何も言えずにいると、七五三掛さんの姿がふっと鏡の中から消えた。