いまを春べと (ページ22)

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「…っ、大丈夫、だよ。平気、」

「でも、」

でも、やっぱり大丈夫じゃない。息切れがひどくて、それでも必死に歩こうとする七五三掛さんの体はフラフラとして危なっかしかった。

「七五三掛さん、やっぱり今日は帰りましょう。」

「平気だって、」

「お願いします。私が心配なんです。」

今にも倒れてしまいそうな体を必死に支えながら、私は七五三掛さんの案内に従って彼の家を目指した。

状況が状況なだけに、体に触れる恥じらいもお家にお邪魔するためらいも感じる余裕がない。

彼の家に行き着いてすぐ、私はキッチンで水を汲んで七五三掛さんに飲ませた。熱中症だったらどうしようと思って病院に行くことを勧めたけど、それには頷いてくれない。

「…ごめんね。寝れば、すぐ治ると思うから。」

風邪薬だと言って白い錠剤を飲み込むと、七五三掛さんはそのまま眠ってしまった。もとから体調が悪かったということなんだろうか。だとしたら、どうして気づけなかったんだろう。

今さらどうしようもない申し訳なさにさいなまれて、私はしばらくの間立ち尽くしていた。

「…雨？」

やっと我に返ったのは、ぽつぽつ窓を叩く雨の音に気づいたときだった。ベランダの方に、洗濯物が干してあるのが見える。私は慌ててそれらを中に取りこんだ。

こだわりがあるといけないから、下手に畳んだりはせずに室内干し用のスペースに避難させる。両手いっぱいに抱えた衣服からは、さっきまでカンカンに照っていたはずの日差しと清潔感のある柔軟剤の匂いがした。

七五三掛さんの匂いだ、と思った瞬間、あの時のことがよみがえる。電車で抱きしめられたあの時、私を包んだ匂いと体温。

そっとつまんだシャツは、夕立の影響もほとんどなくふんわりと乾いている。一瞬だけ、と誰に聞かせるわけでもない言い訳を心の中でして、私はそれに袖を通してしまった。