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その日から、私はいつもどこかそわそわと落ち着かない気分になった。
大学を歩いていると、同じような年頃の男子はたくさんいる。彼はこの大学にはいないと分かっているのに、なぜかいつも探してしまう自分がいた。
身長はあまり高くないけれど、案外すらっとした手足。品のいい服装。茶色い髪に、中性的な顔立ちとは釣り合わないほど低い声。
そのどれか1つにでも近いものを持った人を見かけると、ほんの一瞬ドキッとしてしまう。その度に、なんて迂闊なんだろうと自分で自分を恥ずかしく思った。
「…男か。」
大学の敷地内を歩いていると、横から鼻で笑ったような声が聞こえた。ふと右隣を見ると海人がいて、またバカにしたように笑う。
「お前って、すぐ顔に出るよな。」
「え?」
思わず顔に手を当てて、そんなはずないと思い直す。
「…松倉くん、何か言ってた?」
「何も。あいつからは何も聞いてねえよ。」
そう言うと、海人はコーヒーの空き缶を近くのごみ箱に投げてさっさと私とは別の方に行ってしまった。
松倉くんには申し訳ないけれど、このときはまだ松倉くんが海人に話してしまったんだろうと思い込んでいた。
でも、この日の夜。如恵留くんの家にお邪魔した時、私はそれが間違いだったと思い知らされた。
「…Aちゃん、最近いいことあった?」
夜ご飯をごちそうになった後、不意におばさんがそう聞いてきた。戸惑う私を見て、おばさんの目が輝きだす。
「もしかして、好きな人でもできた?」
え、とほとんど空気みたいな声を出して、私は固まってしまった。私とおばさんのやり取りをソファーから見守っていた如恵留くんが、苦い顔で口をはさむ。
「母さん、そういう話は無理に聞き出すものじゃないでしょ。」
「だって、やっぱり息子とはこういう話できないし…。」
「娘代わりみたいなことを、Aちゃんに強要するなよ。」
珍しく不機嫌な顔をして居間を出て行く如恵留くんの後姿を、私はぼんやりと見送る。
どんな人なの?とはしゃぐおばさんの声を聞きながら、私は少し熱くなった自分の頬に触れた。
「忍ぶれど」終
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作者名:おさと | 作成日時:2023年3月18日 13時