いまを春べと (ページ18)

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それからたっぷりと展示を見て、私たちは美術館の外に出た。

もと来た道を歩いているうちに、彼の足取りがなんとなく重いことに気づいて、思わず立ち止まる。

「ごめんなさい、私ばっかり楽しんでしまって…。七五三掛さん、疲れましたよね。」

「全然、そんなことないよ。俺も楽しかった。」

本当だよ？と念を押すように目を見てくるから、私も引き下がらざるを得なくなる。少しすると、七五三掛さんの目からふっと力が抜けた。

「Aちゃん、説明が上手だよね。学校の先生とか、いいんじゃない？」

「…そう、ですか？」

うんうん、と何度もうなずく七五三掛さんの横顔を見ながら、でもやっぱり学校という環境は私には合わないだろうと思う。でも、説明をほめられたことは素直に嬉しかった。

「ろくに職業のことも考えないで、学部決めてしまったので…。両親にも、心配かけてしまってるんです。そんなつぶしのきかない分野で大丈夫かって。」

「つぶしって………何を潰すの？」

え、と思わず声を出すと、彼は本当に純粋な表情で首をかしげた。今日一日で、だいぶわかってきた。きっとこの人は、結構な天然なんだろうと思う。

「つぶし、そうですね……社会に出て役に立つか、みたいな意味だと思います。」

なるほど、とつぶやいて、七五三掛さんは私の目をじっと見た。真剣な眼差しに、一瞬たじろぐ。

「でも、役に立つかどうかは自分次第じゃない？」

はっとするほど、真っすぐな声だった。柔らかいとばかり思っていた雰囲気の裏に隠された芯の部分を、初めて垣間見た気がした。

「…せっかくやりたいことできるんだからさ、楽しもうよ。自由にやっちゃおう！」

いつもの柔らかい笑顔に戻って、七五三掛さんは拳を上につきだした。戸惑いつつ、私ものろのろと拳を上げる。それを見て、七五三掛さんは「エイエイオー！」と控えめだけど明るい声を出した。

春と夏の間で揺れる日差しが、視界いっぱいに注いでいる。艶のある茶色の髪と優しい横顔がそれに照らされているのを見たとき、私は「あぁ、この人が好きなんだ」ととても静かに思った。