いまを春べと (ページ15)

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今日が日曜なせいか、本当にのんびり歩いて行き着いた駅は想像以上の混雑ぶりだった。

ざわめきの一歩手前で立ち止まった私に、店員さんが怪訝そうな顔を向けてくる。

「どうしたの？」

「…何でもないです。行きましょう。」

本当はいつも使っているヘッドホンをつけたかったけれど、それはあまりに失礼だ。事情を説明しようかと思ったけれど、もし万が一気分を害したらと思うとやっぱりできなかった。

結局私は、店員さんの後を追いかけるようにして、人でごった返す駅のホームに立った。そのまま人の波に押されるようにして、ちょうど来た電車に乗り込む。

私と店員さんは、乗り込んだドアとは反対側のドアの近くに立った。人が多いせいで、今までにないほど物理的な距離が縮まる。

「今日、何かイベントあるのかな？」

不思議そうに言う店員さんの声に、私は返事をすることが出来なかった。

地下鉄ならではの反響するような走行音が、四方八方から襲ってくる。中高生くらいの集団がひっきりなしに喋る声も、おじさんの大きなくしゃみも、束になって私の耳を突き刺してくるようだった。

店員さんが、また何か私に話している。でも、すぐ近くの声にどうしても集中できない。

ごめんなさい、と心の中でつぶやいた、その時だった。

「…え、」

急に視界が影で覆われて、周りの音が遠ざかった。顔にこすれる布の感触の向こうに、自分とはリズムの違う鼓動を感じる。細いとばかり思っていた腕が十分に私を包み込んでいることに気づいたとき、私はやっと自分が店員さんに抱きしめられていることを理解した。

「…ごめん。」

私を包む体温と電車内の雑音の隙間から、店員さんの声が聞こえたような気がした。その声に頷いたのか、かぶりを振ったのか、自分でもよくわからない。

ただ、背中をさすってくれる手つきが小さい子をあやすお母さんのそれに似ていることだけ、なんとなくわかっていた。