S.tiger【病系短編集】17

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精一杯の「おめでとう」を伝えてくれた、その日の夜。海斗は静かに眠りについて、それからもう目覚めることはなかった。





何一つ実感はわかなくて、俺は泣くことすらなかった。









長くお世話になった海斗の病室の片づけは、自分から買って出た。1人黙々と、海斗のいない部屋で海斗の私物を整理していく。







如「……ん？」





棚の中を整理していると、見覚えのある冊子が出てきた。信じられなくて何回も目をこするけれど、表紙の文字は一向に変わらない。







分厚い冊子の表には、でかでかと俺の通う高校名が記されていた。俺も昔使っていた、高校入試対策の問題集で間違いない。





中を開くと、回答欄を埋めていたのは海斗の字だった。海斗は、15歳。高校受験の年齢だ。でも、俺と同じ高校に入りたいなんて、そんなの一言も聞いたことがない。







俺は心臓の鼓動が速くなるのを感じながら、夢中で問題集のページをめくった。文字は少しずつ、薄くなっていく。





最後は、国語の問題だった。







『傍線部の描写からわかる、登場人物の心情を答えよ。』





海斗の答えは、











生きたい。





薄くて、小刻みに震える線で、四文字。ここで、海斗の回答は終わっていた。







俺は問題集を空っぽのベッドに置くと、海斗の物が詰まった袋をひっくり返した。床に転がり落ちたハンコを、同じく転がり落ちた朱肉に押し付ける。









海斗とは、喧嘩もしなかった。俺と違って控えめで、穏やかで、辛い抗がん剤治療にも泣き言を言わない子だった。





でも、俺の見えないところで一体どれだけの涙を流したんだろう。どれだけ、胸をかきむしって生きてきただろう。







たった15年だけど、こんなにも称えられるべき人生があるか。弟の生きた時間には、マルもバツも、点数も、存在しない。ただ、無条件に肯定されるものだ。





如「…海斗、よく頑張ったね。よく、生きました。」





精一杯の力を込めて、海斗の答えの横にサクラを咲かせる。








たいへんよくできました






濃く、はっきりと刻み付けたその赤い文字が、涙でじわりとにじんだ。

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