・ ページ11
しばらくして病室の中に戻ると、兄ちゃんは完全には意識を失っていなかった。ぼんやりとうつろな顔をしていて、半開きの口元が少しだけ汚れている。
ベッド脇の椅子に座って口元を拭うと、兄ちゃんの顔がゆっくりとこっちを向いた。
龍「…っ、つ、きっ。」
海「続き?いや、やめた方が…」
言ってるそばから、兄ちゃんの足が地団太を踏むみたいにバタバタ動き始める。
この人は、怒ると色々面倒くさいタイプだ。俺は、諦めて兄ちゃんの手にスピーチ原稿を戻した。
龍「か、っかい、と、が、こう、こっせいの、ときっ」
発作の後でまだ調子が悪いのか、ただでさえ苦手な発声がいつもよりもっと苦しそうだった。もどかしそうに動く口の周りが、また少しだけ汚れていく。
“海人が高校生の時、僕が入院したことがありました。てんかんの発作で、色々のどに詰まらせて、結構大変でした。そのことがきっかけで、海人は吸引のやり方を覚えてくれました。あの時は変なプライドで言えなかったら、今言います。”
時々怪しい咳を混ぜながら、何回もつっかえながら、兄ちゃんは必死に俺に語り掛けてきた。ここで一つ大きく息を吸って、もう一度兄ちゃんが喉を震わせる。
龍「ぁ、ありが、とっ。かぃ、と、のおか、げ、で、なんかっ、も、助け、らぇ、たよっ。」
兄ちゃんの明るい瞳から、ポロっと涙がこぼれる。
俺が高校生のとき、兄ちゃんが初めて誤嚥をやった。今回入院することになったのがきっかけで、兄ちゃんはその時のことを思い出したんだろう。
俺も、あの時は怖かった。兄ちゃんが生まれつき抱える体の不自由さが、命に関わることもあるなんて、それまでは想像すらしていなかった。
だがら、自分も何かできることを探さなきゃと、必死になった。
でも、兄ちゃんの気持ちはどうだったんだろう。弟に吸引をされるなんて、複雑な気持ちだったんじゃないか。俺ならきっと、何年経ってもお礼なんか言う気になれない。
発話は不自由だけど、俺と違って言葉惜しみをしない兄ちゃんが、ずっと胸の内に溜めていた“ありがとう”。
俺は今になって、兄ちゃんの葛藤をほんの少し覗き見たような気持になった。
551人がお気に入り
感想を書こう!(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
麦茶(プロフ) - 返信までご丁寧にありがとうございます🥲おさと様は同じ書き手として雲の上の存在のような方だったので、おさと様に読んでいただけてるなんて感激です…!(;;)ありがとうございます!おさと様もご自分のペースで執筆頑張ってください! (2023年4月5日 0時) (レス) id: cb7d8de1c6 (このIDを非表示/違反報告)
おさと(プロフ) - 未来さん» 未来様、コメントありがとうございます!そこまで言っていただけるなんて、嬉しいです😭こちらこそ、初期の頃から素敵なリクエストをいただき、本当にありがとうございました!!未来様の作品も、楽しみにしております! (2023年4月2日 17時) (レス) id: de6645fa3a (このIDを非表示/違反報告)
未来(プロフ) - 素敵なお話を毎度毎度ありがとう御座いました!😭 (2023年4月2日 7時) (レス) id: 08c89fe430 (このIDを非表示/違反報告)
未来(プロフ) - おさとさん!!いつもいつも楽しいお話をありがとうございました😭私自身何度もリクエストさせて頂き、とても楽しんで読ませて頂いておりました。おさとさんの物語、全て大好きです!連載は終わってしまい凄く寂しいですが、何度も何度も読み返させて頂きます笑笑 (2023年4月2日 7時) (レス) @page50 id: 08c89fe430 (このIDを非表示/違反報告)
おさと(プロフ) - 麦茶さん» 麦茶様、コメントありがとうございます😭とても嬉しいです、!作者の拙い話をお読みくださり、本当にありがとうございました!実は私、麦茶様のお話が大好きです…。お忙しい中とは思いますが、更新楽しみにしています!無理せず、麦茶様のペースで頑張ってください! (2023年4月1日 22時) (レス) id: de6645fa3a (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名:おさと | 作成日時:2023年1月21日 19時