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病院に着くと、海斗はすぐに集中治療室に運ばれた。
通路の椅子で待たされた俺が海斗の状態を聞くことができたのは、もう空が明るくなってからだった。
「どうして、夏祭りなんかに連れて行ったんですか。」
問い詰めるような医者の声が、頭を下げる俺の背中に重くのしかかる。
でも、その声はなぜだか遠くで鳴っているみたいだった。俺の頭の中は、わたあめと花火と、海斗で埋められている。頭の中にある記憶が鮮明すぎて、どうしても今の状況に現実味を感じられなかった。
散々医者になじられて問い詰められてから、俺はようやく海斗のところに行くことを許された。
気管挿管をされてベッドに横たわる海斗の姿は、あまりに痛々しい。その姿を見たら、ようやく俺の目から涙が流れ落ちた。
閑「…っ、海斗、海斗っ。」
海斗の手を取って、俺は膝から崩れ落ちた。俺が目の当たりにした海斗の苦しみが嘘みたいに、海斗の顔は穏やかだ。
海斗が目覚めたとき、その目はどんな色をしているだろう。夏祭りに連れて行った考えの足りない俺を、恨む色だろうか。それとも、初めてを味わった喜びの色をまだ残してくれているだろうか。
いっそ、どっちでもいいと思う。どっちでもいいから、記憶に残っていてほしい。
花火の色でもいい。わたあめの甘さでも、頬で感じたその感触でもいい。夏の川風でも、人混みの騒がしさでも、腹に響く花火の音でも。
何でもいいから、1つだけでも海斗が美しいと感じた瞬間が残っていてほしいと、願わずにはいられなかった。それが、俺のエゴだと分かっていても。
閑「…ごめんな、海斗。」
夏祭りに連れて行ったことを、どうしても後悔できない俺を許してほしい。
ごめん、とひたすら謝り続ける俺の頭の中には、一緒に花火を見上げたあの刹那。
海斗の手が俺の小指を握ったあの一瞬が、鮮やかに頭の中を満たしていた。
「刹那」fin.
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雅 - ↓もしよろしければ書いていただけると嬉しいです。ご検討のほど宜しくお願い致します。 (2022年10月30日 21時) (レス) id: 7d488f5410 (このIDを非表示/違反報告)
雅 - 赤が酷いトゥレットに苦しむお話。白目を剥いたり、身体が勝手に暴れたり、大きな声が出たり、意味のわからない声を出し続けたり、首振りが止まらず吐いたり。症状でストレスが溜まり、ストレスで症状が悪化する負のループ。友達も出来ず双子の黄だけが唯一の味方。 (2022年10月30日 21時) (レス) id: 7d488f5410 (このIDを非表示/違反報告)
こまち - そして貯めたお金で誕生日プレゼントを買おうとしていた。しかし何も知らない桃はその日も緑を叱る。そして翌日。プレゼントを買った緑はバイトを終え急いで帰ろうとし交通事故に遭う。病院に駆けつけた桃は冷たくなった緑と対面。全ての事実を知った桃は泣き崩れた。 (2022年10月26日 18時) (レス) id: e020254286 (このIDを非表示/違反報告)
こまち - 桃×緑(兄弟)のお話をお願いします。早くに親を亡くし2人で暮らす。弟の緑は最近夜遅くまで帰ってこず桃との関係はピリピリ。でも実は家計が苦しくても自分を養ってくれる桃のため学生の緑は複数のバイトを掛け持ち夜遅くまで働いていた。→ (2022年10月26日 18時) (レス) id: e020254286 (このIDを非表示/違反報告)
ぺえ(プロフ) - こんばんは!リクエスト失礼します🙇🏻♀️「やさしいひと」がすごく好きなので、同じ設定でまたお話書いていただきたいです!よろしくお願いします、おさと様のペースでこれからも更新頑張ってください、楽しみにしてます! (2022年10月26日 0時) (レス) id: 8c7e5fe0be (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:おさと | 作成日時:2022年10月16日 19時