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龍「っ…!」
兄ちゃんの体が、車いすの上で大きく動く。いつもより発声にかかる時間が長い。緊張してるな、と生まれた時から一緒にいる俺にはすぐにわかった。
龍「…かっ、と!」
やっと絞り出せたのは、俺の名前だけだった。ひっくり返った声が、マイクを通してキーンと嫌な音を式場に響かせる。兄ちゃんの目が、慌てたようにくるくると回り始めた。
海「気にすんな、気にすんな…!」
誰にも聞こえないように、本当は直接兄ちゃんにかけたい言葉を小さな声でつぶやく。すると、兄ちゃんのあごが上がって手足がピンと突っ張りだした。
海「兄ちゃん!」
てんかんの発作が起きたと分かった瞬間、俺は椅子を蹴って兄ちゃんのところに駆け寄っていた。
龍「っう、あぁ…」
苦しそうにうめき声をあげる兄ちゃんの口周りは吐いたものとかで汚れていて、本当にひどい発作なんだってすぐにわかった。久しぶりに見るレベルの大発作だ。なりふり構っていられない。
海「兄ちゃん、大丈夫だから…!」
普段なら絶対に使わないこぎれいなハンカチを取り出して、口元を必死に拭う。そのうち親父が吸引器を持ってきてくれて、俺はそのまま吸引の処置をした。
痙攣が治まってくると、兄ちゃんの目から涙があふれだした。羨ましいくらい白い肌を、何滴も雫がすべり落ちていく。
海「泣くなよ。何にも悪いことしてないんだから。」
発作後で意識が朦朧としている兄ちゃんは何も答えない。それでもスピーチ原稿を絶対に離さないその手を、俺は両手で包んだ。
海「…ごめん。俺、ほんとは嬉しかった。俺のために頑張ってスピーチの練習してくれたのも、…俺みたいに生意気なやつを“かわいい弟”って言ってくれたのも。」
迷惑なんて、かけらも思ってなかった。純粋に嬉しかったのに、変なところでカッコつけたがりな俺は素直に言葉にできなかった。
そんな俺と違って兄ちゃんは、おめでとうも、綺麗も、かわいいも、いつも真っすぐに伝えようとする。そういう心を、本当に美しいだとか立派だとか言うんだ、きっと。
海「…兄ちゃん、ありがとう。」
周りが止めるのも聞かないで、俺は兄ちゃんの体を抱きしめた。
この佳き日を誰よりも祝おうとしてくれていた兄ちゃんを、汚いなんて言わせない。そのきれいな心ごと守るように、俺は精一杯抱きしめた。
「佳き日」fin.
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雅 - ↓もしよろしければ書いていただけると嬉しいです。ご検討のほど宜しくお願い致します。 (2022年10月30日 21時) (レス) id: 7d488f5410 (このIDを非表示/違反報告)
雅 - 赤が酷いトゥレットに苦しむお話。白目を剥いたり、身体が勝手に暴れたり、大きな声が出たり、意味のわからない声を出し続けたり、首振りが止まらず吐いたり。症状でストレスが溜まり、ストレスで症状が悪化する負のループ。友達も出来ず双子の黄だけが唯一の味方。 (2022年10月30日 21時) (レス) id: 7d488f5410 (このIDを非表示/違反報告)
こまち - そして貯めたお金で誕生日プレゼントを買おうとしていた。しかし何も知らない桃はその日も緑を叱る。そして翌日。プレゼントを買った緑はバイトを終え急いで帰ろうとし交通事故に遭う。病院に駆けつけた桃は冷たくなった緑と対面。全ての事実を知った桃は泣き崩れた。 (2022年10月26日 18時) (レス) id: e020254286 (このIDを非表示/違反報告)
こまち - 桃×緑(兄弟)のお話をお願いします。早くに親を亡くし2人で暮らす。弟の緑は最近夜遅くまで帰ってこず桃との関係はピリピリ。でも実は家計が苦しくても自分を養ってくれる桃のため学生の緑は複数のバイトを掛け持ち夜遅くまで働いていた。→ (2022年10月26日 18時) (レス) id: e020254286 (このIDを非表示/違反報告)
ぺえ(プロフ) - こんばんは!リクエスト失礼します🙇🏻♀️「やさしいひと」がすごく好きなので、同じ設定でまたお話書いていただきたいです!よろしくお願いします、おさと様のペースでこれからも更新頑張ってください、楽しみにしてます! (2022年10月26日 0時) (レス) id: 8c7e5fe0be (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:おさと | 作成日時:2022年10月16日 19時