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「貴方は優しい人なのね」

織慧さんがそう言って微笑んだ。彼女が俺に笑ってくれたのは初めてだな、と思わずどきりとしてしまった自分が恥ずかしい。

「そんなことないよ」
「謙遜しなくていいのに。私、優しい人って好きよ」

織慧さんは頭が良さそうだし、もしもの時の為にここでのトラップについて考えを聞いた方がいいと思って、享くんと俺が穴に落ちた時のことを彼女に話しておくことにしたんだけど。
なんてことのない軽口のつもりで、その時俺が享くんを咄嗟に庇ったことを伝えて……今に至る。

突然好意的な視線──俺の思い込みかもしれないけど──を向けてくれる織慧さんにどう反応していいのか分からなくて、言葉にならない曖昧な声を発する。そんな俺を見て、また彼女は小さく声を上げて笑って。その笑い声に小さく肩を揺らしてしまう。

初めて見た時から思ってたけど、なんていうか織慧さんって、ミステリアスというか妖艶な雰囲気というか。いや、こちらに緊張感を与えるような独特のオーラを持っている、と言うべきか。
だからつい、情けないことに彼女の名前を呼ぶ時は声が震えてしまうんだよね。年の近い、それも女の子だし怖いわけではないんだけど、なんて言えばいいのか……いや、やっぱり怖いかもしれない。

「桐山くん?」
「どっ、どうしたの織慧さん」

突然名前を呼ばれてまたもびっくりしてしまう。「大袈裟ね」と笑う彼女の横で、俺は内心冷や汗をかいていた。
「怖がらなくていいのよ?可愛い人ね」
「あ、あはは……」

可愛い、なんて言われて少しショックを受ける俺には当然気が付く事もなく、織慧さんは言う。

「ねえ、この探索に意味はあると思う?」
「え?」

どういう意味、と問う前に彼女は続けた。

「カスミちゃんの言う″玄関″が、本当にあるかも分からないじゃない。彼女の事だし、私達を手玉に取って遊んでいるだけだと考えた方がしっくり来るのよね」
「でも、それは……」
「貴方だって、あの子を信用してるわけじゃないんでしょう」

言葉に詰まった。それは、本当の事だったから。織慧さんは俺を一瞥して、不敵な笑みを浮かべた。

「私ね、あんまり人の名前を呼ばないの。名前はそれぞれの唯一性を主張する、言わば個性の一つだから。だから、その″個性″に触れたくないの。私はいつだって、私の好きなものだけに触れていたいのよ。そしてそれは桐山くん、貴方も同じでしょう」

何を言っているのか分からないのに、言い返せない。俺は織慧さんみたいに難しいことを考えられる頭は持ってないよ。そう言って笑えたら良かったのに。

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作者名:褪紅 | 作者ホームページ:なし  
作成日時:2022年5月17日 7時

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