揺らぎ【赤】

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「宮近くんとも仲良くなれたし、サヤカちゃんには凄く感謝してる」


あーたしかに、そう言いながら遠い目をする彼。

酔いが回っているのか、ふにゃふにゃとした喋り方が可愛らしい。

白くてつるんとした頬に今触れたら、何と言うのだろう。


『思い出したんだけどさ、』
「ん？」
『めっちゃ目ぇあってたよね、俺らあんとき』


いきなり何の話をしだしたのか分からず、一瞬たじろいでしまった。


「あんとき？」
『初めて会った時、あの暗い地下みたいなとこの』
「あー…そうだっけ？」


混乱のあまり、なぜかすっとぼけてしまった。

本当に今更だけど。

覚えていますとも、あんなに目が合う事なんて中々ないよ。



あの時の彼が、今隣に座って、親しげな笑顔を見せてくれているなんて。

落ち着いていた心臓が、再びドッドッと強く鳴り出す。

それとは裏腹に、脳がゆっくりと鈍っていく感覚。

頭が回らない。



「覚えてないや」
『じゃあやっぱり全部無意識って事じゃん。ほんと小悪魔だね』
「こあくま…」



ほとんどうわ言の様に繰りかえした。

『んー』と一層ねむそうな瞳を向けられて、ゾワっと肌が泡立つ感覚がよみがえる。


初対面の暗闇で、私を捉えた瞳。

何も映さない瞳が、本当に綺麗だと思った。



吸い込まれてしまいそう。



目を逸らすことができないのに、このまま飲み込まれてもいいぐらいに。



これ、知ってる。空気が変わる瞬間。



『Aちゃん、かわいい』



あぁ顔が近い、と思った時には、もう唇は触れていた。

リップ音も立たない、押し付けるようなキスだった。



最初に出たのは、自分も結構酔ってんのかもという感想。

人間、キャパを超えてくると意外にも冷静なんだ。

目を開けると映った宮近くんは、ゆっくりと離れてから首をかしげた。

私の頬にあてた手の親指が一度、感触を楽しむようにゆっくりと下唇をなぞる。



『ずっとこうしたかった』



やけにロマンチックなセリフが床に落ちて、様子を伺うようにまた視線が絡まる。

甘ったるくて擽ったい。

初対面の時と同じ、柑橘の匂いが一瞬、鼻をかすめた。

解決策がどうとか、詳しい事はもうどうでもよくて。

ただ、宮近くんが何を思っているのか、それだけが知りたかった。

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