揺らぎ【赤】

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不思議と緊張はなく、気がついたらドアの前に来ていて。
最初に足を踏み入れた時と、感情も関係も全く変わってしまった。



ドアを開けてくれた宮近くんは、今日もラフな格好だったけれど、髪の毛はしっかりセットされているみたい。

どこか出かけてたのかな。それとも撮影？
ちょっと伸びている前髪が目にかかって鬱陶しそう。


一瞬、私の顔をじっと見たけれど、特に言及はない。

そのまま目線をスーパーの袋に落として、不思議そうな表情。

重そうにしていたからか、スッと受け取ってくれるところ。
そんなところがズルいと思う。



「ごはん、作ろうかなって思ったんだけど、よかったら食べる？」
『マジ？』
「まじだよ、キッチン借りるね。炊飯器ある？」



そう聞きながらリビングに入る、我ながら自然だ。

いつも、みんなで集まった時は料理をアプリで注文することが多かった。
彼は、今回もそうしようと考えていたみたいだけど、どうせならば…。

この期に及んで爪痕を残そうとしている自分がおかしくて、笑ってしまいそうになる。

心を置いて、体だけがどんどん前に進んでいく。

宮近くんと会っている時は、毎回そんな感覚だった。




せっせと夕食の準備をしていると、ソファに座った彼が無言のまま、チラチラと視線をよこしてくる。
気がついているよって言ってあげたい、けど我慢。


手早く何品か作りあげて、ふぅ、と息をついた。

すっからかんの冷蔵庫の中身。
その割に、充実している調理器具。

こんな些細なことにさえ胸が痛んでしまうから、もう取り返しがつかないんだと自嘲する。


一通りテーブルに並べて、声をかけると目をキラキラさせて寄ってきた。

その無邪気さだけで、全部許してしまいたくなるんだよ。

そんなことを考えているなんて、あなたは知りもしないでしょう。




『ご馳走様でした』
「いいえ、お粗末様でした」
『…皿洗いすんね』
「いやいや、座ってて」
「や、俺がしたいから」


優しく微笑まれたから、言い返す言葉を失ってしまった。


今度は私がソファに座りながら、お皿を洗っている背中を眺める。

なんだか、
今日の宮近くんは別人みたいだ。

初めて出会った時のような、よそよそしさを感じる。まるで私を刺激しないようにしているみたい。

情だけの優しさほど残酷なものはない。

終わりにするのも、このまま私を自由に使うのも、全て宮近くんの思いのままなのに。

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