紛い者 ページ25
＿誰かいたような気がして、ローが立ち入り禁止のその奥の暗がりを振り返り見れば、そこには”彼”がいた。なぜここに、問おうとして消えていることに気づく。一気に気温が落ちて、だというのに目の前の彼らは気づいてい無いようだった。
縫い付けられたように動けない。沸いた手がローを拘束しているのだ。陰から作られたようなそれは白く痩せこけて肉が削げている。冷気が足元からふわりと這いあがってローの肌に鳥肌がたつ。異臭と足元から流れる短い黒髪。聞いたことがあるような声。
「お…ま、え…」
あーと、ゾンビの様な唸り声をあげてローの足首をおれんばかりに握りしめる。寒さにうまく動かない口を無理やり動かしてローはゾンビに話しかけた。話しかけてもいいものかと普通の彼ならばそこで考えるだろう、だが、足元の“ソレ”が衝撃的過ぎてローはそんなことすら考える余裕はない。
「…ぞろや…ち、は、どうした、なにが…」
首を動かすこともままならない。動くのは目と、口だけだ。口も意識を集中させないとうまく音を出せない。
なぜ一人なんだ。その有様はなんだ。どうして生きているんだ。大丈夫なのか、いや、そんなわけねェだろう、死んでる。
「と…ら…お…ォ…お…」
縋るようにぎゅうっと足首を握りしめる。彼かもしれないそれにローの心がぐらりと揺れて答えそうになった。あァ、と。おれだ、とそう口を開きかけたところで鼻の長い少年の言葉が頭をよぎった。
『おれに化けてお前を騙すかもしんねェぞォォオ…？』
だます。身近なそいつらに化けて？
その時は「第一いるわけねェだろ」と鼻で嗤った。だって、そんな非科学的なものがいるわけがない。だが、今はどうだ。足元の“コレ”は。よく見れば床に風化して変色した血の様な茶色い染みが広がっていた。
「ッ！！」
ダッとローがその場を出口に向かって駆けだす。殺される。闇に落とされて“ソイツ”の憎悪に絞め殺される。そんなのはごめんだ。“あいつじゃねェ”そう気づいた瞬間にローの体の金縛りが溶ける。
「しんだ」
バタンと目の前で扉が閉まる。扉の奥で腹這いのそいつが喜々とした声色でそう言った。隙間からうかがえた“ソレ”の姿が、まるでそっくり“ソイツ”の姿で、ローの背筋がゾクリと冷えた。
「…気味わりィ…」
一刻も早くそこから離れたくて、ローもその別館を階段を駆け上がって行った。
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作者名：水筆の虜 | 作成日時：2016年5月4日 23時
