好きにさせてやる【煉獄杏寿郎】

抗えないもの ページ7

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　翌朝はいつもより早く家を出た。
　
　春の匂いが鼻をくすぐって心地の良い空気なのに、私の気分は最悪だった。寝不足のせいで瞼は重いし、頭も痛い。

　いっそ誰かに、昨日の出来事を話してしまおうかと思った。けど、証拠もないし、今言えば悪い立場になるのは明らかに私のほうだ。だって、皆が信用するのはきっと、私ではなく……、

　誰よりも人望の厚い先生、煉獄杏寿郎なのだから。




「おはよう！」


　正門をくぐった直後。突然後ろから大きな声が響き、びくっと肩が震えた。
　

「A、少し話がしたい。いいだろうか！」


　隣に並びながら、昨日のことなど何事もなかったかのように私に話しかける煉獄先生。


「Aって呼ばないでください」


　無視しようと思ったけど、下の名前を呼ばれたことが不快でつい口を開いてしまった。今まで"君"とか苗字のあとに"少女"をつけて呼んでいたのに……昨日からA、と呼び捨てなので調子が狂う。

　けれども、そんな私の気持ちなんてどうでもいいのか、「Aの前でしか呼ばないから、大丈夫だ！」と、先生は笑いながら言った。


「大丈夫じゃないです……周りに聞こえたらどうするんですか」


　そう言って辺りを見回すと、早朝のため登校している生徒は疎らだった。ホッとしながら急ぎ足で校舎へ向かおうとしたその時、ガシッと片腕を掴まれた。

　恐る恐る先生を見上げる。


「話をちゃんと聞きなさい。今日から君には社会科準備室の掃除をやってもらいたい！」


「……は？」


　にっこり微笑む先生を見て、思わず頓狂な声が出る。


「実は掃除担当の生徒が昨日、下校途中で事故に遭い入院したらしい。しばらくの間、君が代わりに掃除をしてくれないだろうか」


　事故……？そんなタイムリーな話あるのだろうか。疑いの眼差しで先生をちらと見ても、「嘘ではないぞ」と返されてしまった。

　掃除って……先生と二人きりになることもあるのかな。それは無理だ……絶対にイヤ。だって、また何をされるかわからない。

　昨日のキスが脳裏に浮かんで、体がぞわりと震える。熱い視線から逃げるように下を向くと、先生の顔が急に近づいた。


「──A、返事は？」


　耳元で低い声が響く。掴まれた腕に力が入り、私は顔を顰めた。


「わ……わかりました」


　震える声で呟けば、先生は私の頭にぽすん、と手をのせた。

「よし！いい子だな！」と、嬉しそうに笑いながら。


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