【弱虫ペダル】空ノ向コウ【東日本大震災】

〜8.3頃 あの日から初めて笑えた ページ17

伯父さんはロードレーサーの乗り方も教えてくれました。

普通の自転車より高いサドルに慣れない私は何度も転びましたが、絶対に泣きませんでした。

すぐに立ち上がってまた自転車に乗りました。

あっという間に私の身体はすり傷だらけになりました。

「女の子がそんなに傷を作っちゃダメよ」

たまに何も知らない近所の人にたしなめられましたが、私はお構いなしでした。

早く空に追いつきたい。

ただそれしか考えていなかったのです。

それ以外のことは考えたくなかったのかも知れません。

夜になると、あの日のことが夢で様々な姿に変わって襲ってきました。

「また後でな！」

最後に空と交わした何気ない言葉が頭からこびりついて離れないこともありました。

自転車に乗れば余計なことは考えなくて済みました。

空が自転車から見た景色を私が見ることで強くなれる気がしました。


そうしてしばらくした夏の日、私はあの2人に出逢いました。

1人はカチューシャを付けた黒髪のかっこいい人。

もう1人は緑に朱色が混ざった髪を長く伸ばしていて手足が長い人。

昔、私たち家族が箱根で見た2人でした。

そして空が自転車に乗ると決意をしたきっかけになった人たちでした。

空から何度も聞いたその名前は、黒髪の人が東堂尽八、緑の髪の人が巻島裕介でした。

偶然この仮設住宅地にボランティアをしに来たらしいのです。

「良かったら、また来てください！」

思わずそう言ったのは空ができなかったことを私がしたかったから。

いつか東堂と巻島と勝負したいんだ！

当時の私にはあんなに速い人に追いつくにはもっと体力を付けたり大人にならないといけないと思っていました。

今の私には追いつけないかもしれない。

でも、一緒に走れるだけでも空は喜んだはずです。

一緒に走るにはもう一度会うしかありません。

私は2人に笑ってみせました。

あの日から笑っていなかったから上手く笑えていたかはわかりません。

それでも私はなぜかこの人たちには笑顔を見せたかったのです。

｢…こんな可愛い笑顔にお願いされたら、また来てやらねばならんな。巻ちゃん。｣

｢クハッ。そうだナァ。｣

2人は快く言ってくれました。

また、絶対にきて指導もしてくれると約束してくれました。

私はボランティアに戻る2人にずっと手を振っていました。

いつか必ず追いつこう。

新たな決意を胸に私はまた自転車にまたがりました。

-----ｷﾘﾄﾘ-----
『私の目は貴方だけを見つめる』

4年後 ある日の個人練習後、ファミレスにて→←6.15頃 空色自転車

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