第99話 ページ49
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完敗した。いや、敗北という勝負の後の努力が実らなかった結果である言葉を使うことすら許されないかもしれない。あれは勝負とは呼べない、それほどまでに一方的な試合だった。
何度も何度もボールを体に受け、朦朧とする意識の中暖かさを感じた。その温もりに異常なまでの安心感を感じて、決してとぎらせまいと強く張っていた気持ちが切れたらしい。すっと、まるで当然のように意識を手放した。
眠ってから、Aはずっと例えようの無い夢にうなされていた。試合で感じた強い恐怖をそのまま具現化したような何かに怯えていた。
そんな夢から覚めたきっかけは、腹部に感じた現実味のある痛みだった。
目覚めた視界に真っ先に映ったのは、金髪で癖毛の男だった。見渡せば赤髪でがたいのいい男もおり、徳川までもがいた。ここはどこか、そう聞けば金髪の男が医務室だと答える。それから男は手当ての途中だったといって、座っている徳川の元へ寄った。
服をめくられて湿布を張られる徳川の顔は苦かった。金髪の男と試合をした徳川が怪我をしており、苦い顔つきでいるということは……彼も、自分と同じ目にあったという事だとAは悟る。
「……あれ?脈が……そんな、徳川君……嘘だぁぁ!!!」
突然の入江の言葉にAは目を丸くする。徳川は特に反応することは無く、入江は「なーんてね。」とベロを出して笑った。鬼は慣れた様子でため息をつく。
「滑ってるぞ、入江。」
「あれ?徳川くんもAちゃんもこういうの嫌い?」
Aは入江に言葉を返さなかった。というのも、目の前の光景に驚いてその言葉が耳に届いていなかったため返せなかったというのが正しい。
その瞬間だけは視覚以外の感覚は全てシャットダウンしたかのようで、鮮明にその光景は目に焼きついた。
「負けは、人を成長させる。」
「そう。強くなるために欠かせないものだよ。」
その光景、それは徳川が肩を震わせ、声を殺して涙を流していることだった。第一印象には過ぎなかったが、徳川は気高く悠然としていた。そんな彼が悔しさに涙している姿はAにとってあまりにも衝撃だった。
胸を締め付ける言葉では形容できない感情。その苦しさにAは胸を押さえる。
「だからもう泣くな。男が泣いていいのは悲願が成就したときだけだ。」
その鬼の言葉はやけに脳内に響いて、特別なものに聞こえた。
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作者名:赤兎リエ輔 | 作者ホームページ:http://nekomoti
作成日時:2019年1月10日 0時