にじゅ ページ20
「Aちゃん!どこにいるの!?」
焦凍は大声でAを呼ぶ。
その声は、真っ暗な夜の森に吸い込まれて
返ってくることはない。
思わず泣きそうになって、
慌てて目じりに乗った涙をぬぐう。
「Aちゃん!!.....っ」
ざくざくと焦凍はまた、真っ暗闇の中へ入っていく。
Aの名前を何度も、何度も呼びながら。
遠く遠くで盆踊りの音楽が聞こえ始める。
喧騒が耳鳴りのように響く。
背後でうごめく人の影を感じながら、焦凍は歩く。
その小さな手に青い花のついた、Aの小さな髪留めを握りしめて。
絶対守るって、約束したんだ。
だから、見つけなきゃ。
きっと今頃、Aちゃん、泣いてる。
焦凍はそう自分に言い聞かせて、
真っ直ぐ真っ直ぐ進みだす。
自分がここだ、と思った方向へ。
月が、傾く方向へ。
事の始まりは、数時間ほど前のことだった。
『夏祭りに行こう!!』
「え？」
夜、いつものように訪れたAは、
唐突にそう言ったのだった。
季節は夏。
二人があったあの日から、実に一年が経過しようとしていた。
Aは、見慣れた白いワンピース、
見慣れたサンダル、そして見慣れた髪留めをつけている。
そんなAは、これから夏祭りに行こうと、
唐突に焦凍を誘ったのだ。
あんまりに唐突で、焦凍は面食らう。
夏祭り。
それは焦凍にとって、聞いたことはあるが、行ったことはほどんどない。
やたらとうるさい人込みの中、
優しい母の手のぬくもりだけを覚えているが、
それがいくつの時に出来事だったのかはまでは思い出せない。
そういった具合にひどくあいまいなものであった。
『花火あるんだってー！リンゴ飴とか、綿あめとか...。』
「ちょ、ちょっと待ってよ。」
焦凍の返事も聞かずに、今すぐにでも駆け出そうとする
Aを、焦凍は何とか引き留める。
夏祭りに行こうと言われても。
お小遣いなんて気の利いたものは渡されてなかったし、
父が帰ってこないとも限らない。
焦凍にとって、夏祭りよりも、
庭の外へ出る、という行為が、どれほどリスクを負うものかが、
最重要であった。
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作者名：雪兎 | 作成日時：2017年7月1日 20時
