【水】 ページ10
ｺﾎﾟｺﾎﾟｯ.....
水だ。
とても大きくて広い、水。
私を優しく包み込んでくれる。
ああ、冷たい。
冷ややかで滑らかで光が透き通っている。
その光のお陰でなんとなく温かみがある。
実際は冷たいけど。
もし、これが温かかったら母のお腹の中に居た時の様だ。
ああ、冷たい。
さっきまで火照っていた熱が冷まされる。
運動した後の様な残り熱がじわじわ消えていく。
一番熱かった目、その熱さえ冷めていく。
ああ、冷たい。
私の気持ちさえも冷めてしまいそう。
あの人は結局、私に気付いてくれなかった。
あの人は結局、私を選んでくれなかった。
あの人は結局、勘違いしたまま彼女と結ばれた。
それでもあの人は結局、私に優しかった。
結局、
私の愛に気付かなかったけど私の愛はあの人を助けた。
それで、それでいいじゃない.....
嫌だ。
なんでわたしがこんな事しなきゃいけないの。彼女だって違うってなんで言ってくれないの。そんなの可笑しい。そうよ可笑しいじゃない。あの人だって私に同情してたから優しかったのよ。そんなの嫌よ。待ってたのに愛してくれるんだと思ってたのに。
あの人なんて嫌い。
彼女も嫌い。彼らも嫌い。あの場所嫌い。あの人の優しい声嫌い。あの人の撫でてくれた手嫌い。心配して駆け寄って来てくれた足嫌い。あの人の笑顔は.....。
大嫌い。
そんな事を思う私が一番嫌い。
ああ、冷たい。
目にまた熱がこもる。
吐き出すと水に溶けた塩水になった。
ああ、王子ごめんなさい。
本当は今でも好き。愛してます。
思い出したらもっと気持ちが強くなる。
水に溶ける今でも。
ｺﾎﾟｺﾎﾟｯ.....
もう手足の感覚は無い。
熱ももうほとんど溶けてしまった。
目を開けると塩水も零れた。
零れた塩水は頬を伝わず上へ上へと昇っていく。
口の端から最期の泡が飛び出す。
ｺﾎﾟｺﾎﾟｯ.....
「愛してました、王子」
.....ｺﾎﾟﾎﾟｯ
そして、私は泡になって消えた。
ｺﾎﾟｺﾎﾟｯ.....
水だ。
それほど大きくなく広くない、水。
だけど、私を優しく大切に包み込んでくれる。
ああ、温かい。
温かかく滑らかで光は透き通ってなどいない。
光はなく暗闇だが外から動物の鳴き声が聴こえる。
高い女の声と低い男の声。
男の声は何処か懐かしく安らぎをくれる。
ああ、温かい。
＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿fin
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