【無い物ねだり】 ページ30
僕はある事故で目が見えなくなった。
「ねえ、君はそこにいるかい？」
「いるわ」
でも、親切な同居人がいるから安心できる。
「不便はないかしら」
「君がいるから大丈夫だよ」
「それは良かったわ。ご飯が出来たの」
「すみません。料理人の僕が料理してもらうなんて......恥ずかしい」
「怪我してるんだから仕方ないわ」
「こう見えても獣の中じゃ料理の腕が立つ方なんですよ」
「......そう」
「主に人間料理が得意で......」
鱗に覆われた腕、狼の鋭い爪、山羊の毛皮を纏った体を持つ僕。
食材を取りに行ったら視力を失うなんてうっかりしたものだ。
でも、人間の世界で同類に助けて貰い、匿ってもらえるなんて、
悪運が強いもんだ。
「ごめんなさいね。こっちの生活に慣れてるから人間のご飯しか作れないの」
「いえいえ、とっても美味しいです」
「それは嬉しい」
この親切な同居人の声はゆっくりでまるで絹で出来た布の様に滑らかで柔らかい。
理想のメスとは、こう言う人のことを言うのだろう。
「あら、包帯とれかけているわ」
その声が聴こえると気配が近付く。丁度、平均的な人間のメスの大きさだ。
多分こっちの世界で生活するために化けているのだろう。
「じっとしてて」
しばらくしてから柔らかな彼女の手が触れる。前に包帯を替えた時と同じくらい動悸が強く聴こえてくる。
「もうすぐ治りそうね」
「治ったら僕の料理を御馳走させて下さいね」
「……はい、出来たわ」
その時間もすぐに終わる。彼女は看護婦だったから手際がいいのだと前に言っていた。
「さあ、食べましょうか」
そう言うと目の見えない僕の為にゆっくり一口ずつ食べさせてくれる。
「......私ね」
「どうかしましたか？」
「ううん、またいつか話すわ」
「そうですか」
声からしてなんだか元気がないような気がする。何かしてしまったのだろうか。
ふと、彼女が変なことを言ったのを思い出した。何故森に住んでいるのか聞いたときのことだ。
「私、本当は純粋な人になりたかったの」
「純粋ですか？」
「純粋に真っ白な人、それか真っ黒人になりたかったの」
「はあ......」
「人間の世界はどちらも渦巻いてる。鉛のようなグレー色なの
だから、グレーから離れた所に行きたかったの。でも結局白にはなれなかったわ」
何故この話をしたのか謎だった。
「私、嘘つきなの」
Next.
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