286話 忍び寄る影１ ページ36
嫌な予感がする。
充実した時間の中だというのに。
不安に似た気持ちだ。
透明の水に黒い墨を一滴落とし、それがじわじわと広がり滲んでいく。
そんな感覚が心に感じていた。
潤は泡だて器を握りながら予感を頭の隅に追いやることに専念していた。
この気持ちに悩まされているのは昨夜見た夢のせいかもしれない。
久しぶりに訪れた草原の夢の中。
とは言えこの夢の持ち主は雅紀であるのだが。
いつもは優しい草原の老人が厳しい表情を浮かべていた。
「……気をつけなさい」
「何をですか？」
「悲しみが溢れる時、壊変の魂となるだろう」
「壊変の魂？それは何？」
「決断の日は近づいている」
何を言っているのか判らなくて尋ねようとするが目が覚めてしまった。
「何かが起きる？起こされる？」
壊変の魂……崩壊する心？
「……奥歯に物が挟まった言葉じゃなくストレートに言ってもらいたい」
ボールの中でメレンゲが出来ていく。
「雅紀の前ではいいじいさんを装って、俺には謎かけって……確かに自分から志願をしたよ。守る側にいたいって。守るアドバイスではなく、危険がない環境を与えて欲しいよ」
意味不明な言葉。
「なんにしろ身辺に気をつけていかな……」
カウンターからの視線。
雅紀がこちらを見ている。
独り言の潤を観察していた。
「潤君一人で何話してんの？」
「……レシピの復唱」
出来たメレンゲを別のボールの生地へ加える。
「ふーん。お手伝いすることある？」
「この生地を型に流し入れて後は焼くだけだから」
「なら洗い物するよ」
甘い香りが店内に漂う。
白石の一件が落ち着き、カフェはいつも通りに戻った。
あれから数日後、白石は迷惑をかけたカフェ一同に頭を下げに来た。
詫びる彼女は心に傷を抱えているものの、まっすぐ未来を見つめる目があった。
息子の墓前で手を合わせてきたという。
「もう大丈夫です」
すべての過去を受け入れた。
潤へ微笑みかける。
「ありがとう。あなたが毅然とした態度でいてくれたから幸人を裏切らずにすみました。心から感謝します」
本当の母親になれた白石がここにいた。
彼女は今も相変わらずカフェに通っている。
二階専用の常連客として。
「お母さん……か」
雅紀は母、雪菜を思い出す。
「ん？なんか言った？」
「俺も独り言」
穏やかな時間で優しい時間。
これが続いていくと思っていた。
潤が感じている不安は黒い影を揺らし近づいていた。
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むつき(プロフ) - だんぼさん» おひさしぶりです！今回のお話は重くてなかなか文章が出てきませんでした。そんな優しい言葉を言われたら泣いちゃいます。ありがとうです。これからもがんばります。 (2014年4月12日 23時) (
レス) id: 4345b608cc (このIDを非表示/違反報告)
だんぼ(プロフ) - むつきさん、お久しぶりです。潤くんのお話…切なかった…白石さんの記憶を思うと… そしてそれを感じてしまう雅紀と支えるにの…5人の絆と優しさに 感動しました！ むつきさんのお話って本当に温かくて、後からじんわり効いてくる…そんな感じですね… (2014年4月12日 13時) (レス) id: 5df5e1bd71 (このIDを非表示/違反報告)
むつき(プロフ) - みのりさん» はじめまして。読んで頂き嬉しいです。ほっこりが伝えて行けるようにこれからも精進致します。 (2014年4月9日 23時) (レス) id: 4345b608cc (このIDを非表示/違反報告)
むつき(プロフ) - ケイさん» すべてを受け止める優しさは強さでもありますよね。彼にはそんな力があると思います。コメントありがとうございます。 (2014年4月9日 23時) (レス) id: 4345b608cc (このIDを非表示/違反報告)
みのり - 初めてコメします。このお話し大好きです。5人のホッコリ感もとっても素敵です。ずっと続けて下さい。 (2014年4月9日 10時) (レス) id: 5959279da5 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名：むつき
| 作成日時：2014年3月8日 19時
