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フラフラと宛もなく彷徨い歩いてる内に自宅まで来ていたらしかった。辺りには夜の帳が降り、俺はその中に一人きり。長い長い夜の始まりはいつだって気が塞がる。
家に入ると、晩飯の香りが胸いっぱいに広がる。醤油の焦げた香りが思わず涎を誘ってしまいそうだった。
「おかえりなさい」
物音に気づいたAが、台所の奥の方からパタパタと駆け寄ってきてそう言った。数年越しに聞いたその言葉に俺は照れ臭くなって────それでも少しだけ、俺の心は喜びの音を打ってしまうのだから不甲斐ない。
「…………あぁ、」
先程の宇髄との件も相まって、俺は何だか彼女の顔が見れないでいた。
適当な返事を零して食事の用意されてるであろう居間の方へ、足を運んだのだけれど。
「…………何だ」
俺の行く手を阻むように、小柄な彼女が立ちはだかる。気の所為かと思い左右に抜けようと体を揺らすが、やはりAはそれ以上の侵入を拒んでいるようで。
「おかえりなさい、不死川様。」
「……っ、」
ニコリと微笑むA。恐らく彼女の思惑を察した俺は狼狽える。
「帰ってきたらお帰りなさいを言うのが家族ってものでしょう。」
不意に響く、今朝の彼女の言葉。
……そういうことなんだろう。言わなければ家には入れないって。ていうか、ここ俺の家なんだけどな。
「…………ただいま」
「ふふ、おかえりなさい。」
何回言うんだ、と言いかけて止める。きっと言ったところで目の前のこのしてやったり顔には適わないだろうから。
「お夕飯準備できてますよ。もしかしてもう済ませちゃいましたか?」
「いや、まだだ。」
「なら良かったです。」
腕によりをかけて作りましたから、と彼女は笑った。よく笑う人だ。昨日はあんなにもぎこちない表情を浮かべていたというのに。
「いただきます。」
二人の声が重なって、それから数秒後に食器の音が鳴る。何故か分からないけど、朝よりも幾分か気分が楽だった。
「食材を買い足したんですが、勝手にお金使ってしまって大丈夫でしたか?」
「あぁ、好きに使え。」
「分かりました。」
必要最低限の会話を交わし、再び訪れる沈黙。ふと顔をあげれば、Aがチラチラとこちらを見ては何か言いたげな表情を見せた。
……あぁ。
「そんな心配しなくても、ちゃんと美味えから安心しろ。」
「…………はい!」
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柚葉(プロフ) - 一気に読ませていただきました。涙がなかなか止まりませんでした。情景を浮かべると、もう涙が溢れてしまって…。義勇さんとのやりとりも、夢主さんへの想いも、もうたまらなかったです。ありがとうございました!!! (2021年5月3日 19時) (レス) id: 33c3d87eb8 (このIDを非表示/違反報告)
Rii(プロフ) - 占ツクでこんなに自然に涙が出た作品は初めてです。感動の一言では安いほどです。読んだこちらが幸せになる本当に綺麗な作品でした。これからも応援させて下さい。急な長文で申し訳ありません。ありがとうございました。 (2021年1月24日 12時) (レス) id: ae2ab4d40a (このIDを非表示/違反報告)
Rii(プロフ) - 初めまして。私も作者様と同じく最終巻の『子孫』という言葉に衝撃を受けた1人です。やっぱり同じ境遇の人いるよな、なんて軽い気持ちで読ませていただいてたのですが、読んでいくにつれて、作者様の言葉使い、ストーリー、表現力に本当に感動致しました。 (2021年1月24日 12時) (レス) id: ae2ab4d40a (このIDを非表示/違反報告)
しぃ(プロフ) - めっちゃ泣きました。感動でした。ありがとうございました(*゚O゚*) (2021年1月3日 1時) (レス) id: f715447a21 (このIDを非表示/違反報告)
ゆき(プロフ) - レモン紅茶さん» コメントありがとうございます!!お、落ち着いてください……!?笑 語彙力の寄付、有難く受け取らせていただきます^^( そんなに褒めて頂けてとっても嬉しいです!! (2020年12月24日 22時) (レス) id: debafb75d4 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:ゆき | 作成日時:2020年12月6日 17時