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鼻をくすぐる春の香り。やっぱり俺はこの季節に向いてない。
「…………違う」
苦しそうな顔をするのは、さっきからいつだって宇髄の方。何でお前がそんなに悲しそうな顔するんだよ。お前は誰よりも良くやったじゃないか。責務を果たして、嫁三人を悲しませることなく幸せに暮らして。
「……違う、不死川。俺は……ただ、お前が……」
「何も違わない。」
俺の言葉は、きっと今の宇髄には残酷なもの。紡ぎかけていた言葉をしまい込むように、彼はきゅっと口を結んだ。
「俺は生きた。そして死ぬ。」
「死を待つだけの俺に、家族なんて尊いものは余りにも不相応だ。」
石のように硬い彼の口元を見て、俺は溜息をつきながら足を踏み出す。
最初こそ俺を引き留めようとしていた宇髄も、数秒すれば諦めたように俺の隣を着いて歩いた。
静かだった。
隣に宇髄が居ることを疑ってしまうほど、静かだった。
─────……人が死のうが、この世界は素知らぬ顔で回り続ける。季節は美しく巡り変わる。
身をもって知ったこの世の全てがそれだった。
世界を救う英雄も、何万人と人を殺した化け物も。何ら特別なことは無い、ただ純粋に人を愛し家族を築いた人間もいつか死ぬ。
過去に縋る人々の思いを置いて、時間だけが無慈悲にその秒針を正確に進めるのだろう。
「Aは、素敵な女性だ。」
「……。」
「今日の朝食べた料理も唸るほどに美味かったし、何よりも行動の端々に品の良さが出てる。綺麗な人だ。見た目も心も。俺なんかよりも、ずっと。」
たかが昨日初めて知り合った人間に、自分でも何たる過大評価なのだろうかと思ってしまう。
しかしそんな疑問すらかき消してしまう程に、彼女は美しい。
「きっとあいつには、歩むべき人生がある。」
宇髄はもう、何も言わない。
「人並みに恋をして、結婚して。日々のささやかな幸せを噛み締めているうちに子供が出来て。その子供が成長して孫を産んで、沢山の家族に看取られながら幸せに死んでいく。」
俺の口調は何とも平坦で、面白みに欠けるものだった。
それでもやっぱり、あの子の幸せを考えた時、行き着く結論は一つしかなかったから。
「─────その幸せな未来で彼女の横にいるのは俺じゃない。」
今に始まった話じゃない。俺は直ぐに死ぬと、この男も理解してるというのに。
宇髄は、今にも泣き出しそうな、そんな顔をしていた。
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柚葉(プロフ) - 一気に読ませていただきました。涙がなかなか止まりませんでした。情景を浮かべると、もう涙が溢れてしまって…。義勇さんとのやりとりも、夢主さんへの想いも、もうたまらなかったです。ありがとうございました!!! (2021年5月3日 19時) (レス) id: 33c3d87eb8 (このIDを非表示/違反報告)
Rii(プロフ) - 占ツクでこんなに自然に涙が出た作品は初めてです。感動の一言では安いほどです。読んだこちらが幸せになる本当に綺麗な作品でした。これからも応援させて下さい。急な長文で申し訳ありません。ありがとうございました。 (2021年1月24日 12時) (レス) id: ae2ab4d40a (このIDを非表示/違反報告)
Rii(プロフ) - 初めまして。私も作者様と同じく最終巻の『子孫』という言葉に衝撃を受けた1人です。やっぱり同じ境遇の人いるよな、なんて軽い気持ちで読ませていただいてたのですが、読んでいくにつれて、作者様の言葉使い、ストーリー、表現力に本当に感動致しました。 (2021年1月24日 12時) (レス) id: ae2ab4d40a (このIDを非表示/違反報告)
しぃ(プロフ) - めっちゃ泣きました。感動でした。ありがとうございました(*゚O゚*) (2021年1月3日 1時) (レス) id: f715447a21 (このIDを非表示/違反報告)
ゆき(プロフ) - レモン紅茶さん» コメントありがとうございます!!お、落ち着いてください……!?笑 語彙力の寄付、有難く受け取らせていただきます^^( そんなに褒めて頂けてとっても嬉しいです!! (2020年12月24日 22時) (レス) id: debafb75d4 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:ゆき | 作成日時:2020年12月6日 17時