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開け放した戸から迷い込んだ桜の花びらが顔に落ちて目が覚める。
緩やかな目覚めだ。あと何度こうして俺は朝日を迎えることが出来るだろうかと、いつも働かぬ頭で考えてしまう。




「おはようございます、不死川様。」


「ん…………、はよ」



声のする方を見れば、そこには既に身支度を整えたAが姿勢を正して座していた。寝癖もはね、見苦しい姿の俺とは真反対。それが少しだけ恥ずかしくて、俺は徐に立ち上がる。




「朝食の準備がお済です。用意が出来たらいらしてくださいね。」



庭に咲く桜にも負けぬ程の柔らかな笑みで彼女はそう言った。
俺はまた生返事をして、打ちやっておいた。







二人きりの朝食は、何とも静かなものだった。差し込む陽の光は空気に溶けて、さっきまで寝ていたというのに眠気を誘う。

日の位置から察するに、俺は随分と寝過ごしていたらしかった。昨日の疲れが出たのだろうか。

朝食か昼食かも分からない時間にとる飯というのはなんとも不思議なものだった。俺一人なら、もう朝は諦めて昼まで待つだろうに。



「…………。」


「…………。」



沈黙が落ちる。

彼女は俺よりもずっと早くに起きていたらしかったが、俺が起きるまで待ってくれていたようだ。

何だか気恥しい。人と食卓を囲むなど、いつぶりだろうか。




「…………ありがとな」


「え?」


「飯も作ってくれた上に、俺のことまっててくれて」


「……当たり前じゃないですか。」




そう零すと、彼女はくすりと笑って見せた。今までとは少しだけ違う、鈴を転がすような笑い方。




「朝起きたらおはようを一番に言い合い、食事をとる時は共に手を合わせる。家を出る時は行ってらっしゃいと送り出し、帰ってきたらお帰りなさいを言うのが家族ってものでしょう。」


「…………っ、」



彼女の言葉は、何ともありふれた生活の一片に過ぎない。それなのに。俺はそのありふれた生活にあまりにも慣れていなくって。


黙る。




「……そうかよ」



春特有の生暖かい風が俺たちの間を通り過ぎる。

俺たちはいつまでも他人だ。今までも、これからも。俺に出来ることは一人寂しく死ぬ事だ。この世に俺の記憶を持つものをこれ以上増やさぬように。悲しみをこれ以上繋げぬように。

他人でいなければならない、のに。


「………」


彼女が運んできたこの有り触れた日常の光景をいつまでも見たいと思ってしまう俺は、きっと大馬鹿者なんだろう。


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設定タグ:鬼滅の刃 , 不死川実弥   
作品ジャンル:恋愛
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柚葉(プロフ) - 一気に読ませていただきました。涙がなかなか止まりませんでした。情景を浮かべると、もう涙が溢れてしまって…。義勇さんとのやりとりも、夢主さんへの想いも、もうたまらなかったです。ありがとうございました!!! (2021年5月3日 19時) (レス) id: 33c3d87eb8 (このIDを非表示/違反報告)
Rii(プロフ) - 占ツクでこんなに自然に涙が出た作品は初めてです。感動の一言では安いほどです。読んだこちらが幸せになる本当に綺麗な作品でした。これからも応援させて下さい。急な長文で申し訳ありません。ありがとうございました。 (2021年1月24日 12時) (レス) id: ae2ab4d40a (このIDを非表示/違反報告)
Rii(プロフ) - 初めまして。私も作者様と同じく最終巻の『子孫』という言葉に衝撃を受けた1人です。やっぱり同じ境遇の人いるよな、なんて軽い気持ちで読ませていただいてたのですが、読んでいくにつれて、作者様の言葉使い、ストーリー、表現力に本当に感動致しました。 (2021年1月24日 12時) (レス) id: ae2ab4d40a (このIDを非表示/違反報告)
しぃ(プロフ) - めっちゃ泣きました。感動でした。ありがとうございました(*゚O゚*) (2021年1月3日 1時) (レス) id: f715447a21 (このIDを非表示/違反報告)
ゆき(プロフ) - レモン紅茶さん» コメントありがとうございます!!お、落ち着いてください……!?笑 語彙力の寄付、有難く受け取らせていただきます^^( そんなに褒めて頂けてとっても嬉しいです!! (2020年12月24日 22時) (レス) id: debafb75d4 (このIDを非表示/違反報告)

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作者名:ゆき | 作成日時:2020年12月6日 17時

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