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泥の底から這いずり上がるように眠りから覚めた。開けた目の隙間から差し込む光が眩しくて、また閉じようとする前に視界に誰かが飛び込む。



「……実弥さんっ、……!」




Aだった。

酷く心配そうな、それはそれは今にも泣き出してしまいそうな顔で俺を見て。




「…………A」



思えば随分と声を出していなかったから、最初に出たのは自分とも思えぬ程に嗄れたそれ。
しかし彼女はそんなこと気にも留めず、自身の名を呼ぶ俺の声を聞いて俺を抱き寄せた。




「……よかった、…………っ、ほんとに……よかった」


「……おい、A。……苦しいって」




ぎゅうと強く抱き締められる感覚は、今の俺にとっては痛いくらいだったけれど、それすらも心地よく感じてしまうのだから恐ろしい。
細い彼女の腕を退けられない位には、俺は衰弱していた。


Aの話によると、俺は家の中で一人意識を失っていたらしい。痣の具合もあるのかもしれないけれど、やはり一番は彼女が去ってからの不摂生と生活習慣が祟ったようだ。何だか少し恥ずかしい。

ふと視界に入った時計を見る。深夜4時。


なぁ、A。お前こんな時間まで、俺のことを。





「……でも何で直ぐに駆けつけられたんだい?」


「…………わかりません。ただ、実弥さんに会いたくなったんです。」





何だ、それ。


俺は思わず笑ってしまった。本当に馬鹿だ。Aは悲しいくらいに優しい。俺はあんなに、酷いことを言ったのに。




「……すみませんっ、……出過ぎた真似をしました。」


「お医者様はお呼びしますので、それじゃあ」





立ち上がる彼女の白い腕を掴む。


走る沈黙。手のひらから伝わる彼女の体温が、心地よくって。




「A」




息を吸う。息を吐く。


弱い心臓の音が僅かに大きくなって、どこを見ていいか分からないから俺はあの日と同じ青白い光を横目に受けて。





「……お前に、話したいことがある。」




固まったままのA。どこか遠くで鳴く烏の声。あんなにも蒸し暑かった夏初め。君がいるという理由だけで、もう頭の中から消え去って。


冨岡、なあ冨岡。

最後だから聞いてくれ。これでもうお前の亡霊に縋り付くのは辞めるから。だからどうか聞いてくれ。


俺の背中を押してくれて、ありがとう。


「…………─────。」



乾いた口を開いて、俺は今、明日へ向かう。


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設定タグ:鬼滅の刃 , 不死川実弥   
作品ジャンル:恋愛
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柚葉(プロフ) - 一気に読ませていただきました。涙がなかなか止まりませんでした。情景を浮かべると、もう涙が溢れてしまって…。義勇さんとのやりとりも、夢主さんへの想いも、もうたまらなかったです。ありがとうございました!!! (2021年5月3日 19時) (レス) id: 33c3d87eb8 (このIDを非表示/違反報告)
Rii(プロフ) - 占ツクでこんなに自然に涙が出た作品は初めてです。感動の一言では安いほどです。読んだこちらが幸せになる本当に綺麗な作品でした。これからも応援させて下さい。急な長文で申し訳ありません。ありがとうございました。 (2021年1月24日 12時) (レス) id: ae2ab4d40a (このIDを非表示/違反報告)
Rii(プロフ) - 初めまして。私も作者様と同じく最終巻の『子孫』という言葉に衝撃を受けた1人です。やっぱり同じ境遇の人いるよな、なんて軽い気持ちで読ませていただいてたのですが、読んでいくにつれて、作者様の言葉使い、ストーリー、表現力に本当に感動致しました。 (2021年1月24日 12時) (レス) id: ae2ab4d40a (このIDを非表示/違反報告)
しぃ(プロフ) - めっちゃ泣きました。感動でした。ありがとうございました(*゚O゚*) (2021年1月3日 1時) (レス) id: f715447a21 (このIDを非表示/違反報告)
ゆき(プロフ) - レモン紅茶さん» コメントありがとうございます!!お、落ち着いてください……!?笑 語彙力の寄付、有難く受け取らせていただきます^^( そんなに褒めて頂けてとっても嬉しいです!! (2020年12月24日 22時) (レス) id: debafb75d4 (このIDを非表示/違反報告)

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作者名:ゆき | 作成日時:2020年12月6日 17時

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