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「……。」
はたと辺りを見渡せば、視界は黒一色であった。
また、か。またこの質の悪い幻想だ。
何も見えない。仕方がないから俺はゆっくりと歩き出した。
先程のような体調不良もないし、体も元気に動く。とすればここはもうあの世なのだろうか。
歩いてる途中に見える景色は俺の過去の記憶だった。まだお袋と俺の二人だけだった頃。初めて弟ができたと知ったあの頃。当時の俺は素直に笑えていた。親父こそろくな奴じゃなかったけど、俺たちは幸せだったはずなのに。
進めば進むほど見える記憶は上塗りされていく。血塗れで倒れる弟妹達。鬼とはいえ自分の母に手をかけて殺したあの瞬間。そしてその後、玄弥に。
目を閉じても、耳を塞いでも。現実じゃないこの空間はそんなことお構い無しに俺の中に記憶をたらしこむ。
何も信じられなかった俺に人の温もりを教えてくれた匡近。こんな俺を突き放すことなく親切にしてくださった御館様。隊士時代に散っていった仲間たち。
「…………っ、」
もういい。もういいから、早くみんなの所へ行かせてくれ。
そう、願ったからだろうか。
「兄ちゃん」
「…………っ、げん」
「兄ちゃん、おかえり。」
言い終えるより先、俺の足は地面を蹴り飛ばしていた。
「玄弥っ、…………ごめん、ごめんな……。
守ってやれなくて…………、酷いこと、……沢山言ってきたよな…………、
ごめん……ごめん、玄弥」
「兄ちゃん、泣かないで。俺は兄ちゃんの弟に生まれて幸せだったよ。」
恥ずかしいだとか、情けないだとか。そんなこと考える余裕なんてなかった。玄弥に抱きついて、ボロボロと言葉をこぼす。
漸くだ。漸く俺は、皆の元に。
「…………玄弥、あいつらはどうした?」
が、見渡しても他のみんなの姿はない。先程からやけに静かな玄弥も相まって、妙な汗が頬を伝う。
「居ないよ。」
「はぁ……?居ないって、どういう」
「兄ちゃんはまだこっちに来ちゃダメだ」
と同時に突き放される両手。嫌だ、玄弥、俺は。
「何で……何でだよ……!……痛い……痛いよ。身体中が痛い。もう疲れた……俺はずっと……一人で……」
俺の悲痛な叫びに、玄弥はただ困ったように笑った。そして静かに踵を返す。俺は後を追いかけようと、その後ろ姿に手を伸ばし。
途端、足元がぐにゃりと沈む。また別の何者かに、後ろ手を引かれていた。
「不死川、行くな」
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柚葉(プロフ) - 一気に読ませていただきました。涙がなかなか止まりませんでした。情景を浮かべると、もう涙が溢れてしまって…。義勇さんとのやりとりも、夢主さんへの想いも、もうたまらなかったです。ありがとうございました!!! (2021年5月3日 19時) (レス) id: 33c3d87eb8 (このIDを非表示/違反報告)
Rii(プロフ) - 占ツクでこんなに自然に涙が出た作品は初めてです。感動の一言では安いほどです。読んだこちらが幸せになる本当に綺麗な作品でした。これからも応援させて下さい。急な長文で申し訳ありません。ありがとうございました。 (2021年1月24日 12時) (レス) id: ae2ab4d40a (このIDを非表示/違反報告)
Rii(プロフ) - 初めまして。私も作者様と同じく最終巻の『子孫』という言葉に衝撃を受けた1人です。やっぱり同じ境遇の人いるよな、なんて軽い気持ちで読ませていただいてたのですが、読んでいくにつれて、作者様の言葉使い、ストーリー、表現力に本当に感動致しました。 (2021年1月24日 12時) (レス) id: ae2ab4d40a (このIDを非表示/違反報告)
しぃ(プロフ) - めっちゃ泣きました。感動でした。ありがとうございました(*゚O゚*) (2021年1月3日 1時) (レス) id: f715447a21 (このIDを非表示/違反報告)
ゆき(プロフ) - レモン紅茶さん» コメントありがとうございます!!お、落ち着いてください……!?笑 語彙力の寄付、有難く受け取らせていただきます^^( そんなに褒めて頂けてとっても嬉しいです!! (2020年12月24日 22時) (レス) id: debafb75d4 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:ゆき | 作成日時:2020年12月6日 17時