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何も言わぬ奥さんを前に、俺はどうしていいか分からずに立ちつくす。このまま帰るのは恐らく違う。けれども今の奥さんはとても人と話せるような精神状態に無いはずだ。
｢あの、｣
が。意外にも、先に沈黙を破ったのは彼女の方であった。
｢義勇さんは、貴方に何か仰いましたか。｣
俺は直ぐにあの日のことを最初から最後まで話して聞かせた。奥さんを思って話す冨岡の表情だとか、これまでの彼奴の歩みだとか、それはそれは事細かに。
最初こそ黙って聞いていた奥さんも、次第にその表情を崩してゆく。
そして終いには、その両の目に涙を湛えた。
｢………やだ、私……、……覚悟なんてとっくに出来てたのに｣
｢無理なさらず。…………泣いてしまった方がずっといい。｣
奥さんは静かに泣いた。雨音が強くなった。
そしてその後も、冨岡の話を涙に代わる代わる口から零した。彼女は“覚悟”という言葉を何度か使っていた。しかしそれはあまりに脆く不安定なものだった。
俺は人の気持ちに聡いとは決して言えないけれど、目の前の奥さんの心情を察してやれない程の鈍物でもない。
覚悟など口の上で並べただけの御託に過ぎない。奥さんは若い人だったから尚更そんな大それたもの持ち合わせちゃいなかったのだ。
｢……私は駄目な妻ですね…………。こうなることは、最初から承知の上だったのに。｣
｢……っ、｣
｢明日も明後日も、隣で笑っている気がしたんです。今だってこの夜が明ければ、彼がおはようと言ってくれる気が。｣
雨は止まない。より一層激しさを増して、硝子戸を水面のように濡らしていく。
｢…………変わらないものなどないと、わかってたはずなのに……っ、｣
奥さんはその細い腕で自分を抱きしめるように蹲った。
……冨岡。なあ、冨岡。
聞こえてるんだろう。変なところお節介なお前のことだから、今も俺たちを見て困った顔をしているんだろう。
やっぱりお前は結婚なんてすべきじゃなかった。俺たちは所帯を持っていい人間じゃない。明日を生きることさえ難しい俺たちに、他人を愛する余裕なんてないはずなのだから。
｢…………泣いてばかりいたら、きっと義勇さんに怒られてしまいますね。｣
冨岡。
｢笑ってくれと言われたんです。自分が死んでもどうか笑ってくれと。｣
お前が愛した笑顔は、きっとこんなに苦しそうじゃなかっただろう。
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柚葉(プロフ) - 一気に読ませていただきました。涙がなかなか止まりませんでした。情景を浮かべると、もう涙が溢れてしまって…。義勇さんとのやりとりも、夢主さんへの想いも、もうたまらなかったです。ありがとうございました！！！ (2021年5月3日 19時) (
レス) id: 33c3d87eb8 (このIDを非表示/違反報告)
Rii(プロフ) - 占ツクでこんなに自然に涙が出た作品は初めてです。感動の一言では安いほどです。読んだこちらが幸せになる本当に綺麗な作品でした。これからも応援させて下さい。急な長文で申し訳ありません。ありがとうございました。 (2021年1月24日 12時) (レス) id: ae2ab4d40a (このIDを非表示/違反報告)
Rii(プロフ) - 初めまして。私も作者様と同じく最終巻の『子孫』という言葉に衝撃を受けた1人です。やっぱり同じ境遇の人いるよな、なんて軽い気持ちで読ませていただいてたのですが、読んでいくにつれて、作者様の言葉使い、ストーリー、表現力に本当に感動致しました。 (2021年1月24日 12時) (レス) id: ae2ab4d40a (このIDを非表示/違反報告)
しぃ(プロフ) - めっちゃ泣きました。感動でした。ありがとうございました(*ﾟOﾟ*) (2021年1月3日 1時) (レス) id: f715447a21 (このIDを非表示/違反報告)
ゆき(プロフ) - レモン紅茶さん» コメントありがとうございます！！お、落ち着いてください……！？笑 語彙力の寄付、有難く受け取らせていただきます^^( そんなに褒めて頂けてとっても嬉しいです！！ (2020年12月24日 22時) (レス) id: debafb75d4 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名：ゆき
| 作成日時：2020年12月6日 17時
