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「鰻丼を二つ頼む。」
「おい待て俺はまだ何も、」
「内一つは特上にしてくれ。」
「おい話を聞け!!」
穏やかな心持ちの初夏─────……は何処へやら。この男を前にするとどうも腹の虫が収まらない。
共に身命を賭した仲ではあるけれど、やはりどんな記憶を遡ってもこの男は友人とは言えなかったはずだ。
冨岡義勇。彼の呼吸に相応しい、水のように掴みどころのない人間であった。
あの後玄関先で暫しの攻防戦が繰り広げられた末、Aの「お久しぶりの再会ならゆっくりしてきてくださいな。」という一言により俺の負けが決まった。
こうして俺はこの男と昼飯を食べることを余儀なくされてしまったわけで。
(……さっさと食ってさっさと帰ろ……)
一つだけ明言しておくが、俺は何もこの男が嫌いな訳では無い。……いや、まあそれこそ隊士時代は別として、だ。
生き残った仲間として少なからずの情はある。蝶屋敷で治療を受けていた時なんかは常に隣だったから、朝から晩まで互いの鬼狩の話や過去の話────それこそかなり深い所まで俺たちは語り合った。
口下手で、何を考えているか分からない冨岡の本心を聞いたから、俺はもう彼のことを嫌う理由がなくなってしまった。
が、今は違う。俺はとにかくこの場から逃げ出したくて堪らなかった。
そもそもの話。
最後に仲間たちと写真を撮ったあの日を最後に、俺はもう誰とも会わないつもりでいた。
何処か遠くの知らない街に行って、そこで穏やかに暮らそうとそう決めていたのに。
「不死川」
「…………。」
冨岡に名前を呼ばれるのは嫌いだった。
こいつの声は静かでのろまな代わりに、その分一言一言が胸に刺さるから。
「結婚したのか。」
「…………あぁ」
籍も入れてなければ予定もないけれど、もう説明も面倒くさくなって俺は適当に返事をした。
運ばれてきた鰻丼に手をつけた冨岡はこちらを見なかったし、特段驚いた素振りも見せなかった。
「綺麗な人だ。」
「そうだな。」
「何故結婚したんだ?」
「別になんでもいいだろ。」
今日に限って冨岡は饒舌だった。
だから尚更、俺は妙な胸騒ぎがしてならなくて。
「不死川」
「なんだよ」
「結婚した。」
「あぁ、だから何回言ったら、」
「お前じゃない。」
「は?」
「俺も結婚した。」
一拍の間。
この男はいつも唐突にものを言う。
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柚葉(プロフ) - 一気に読ませていただきました。涙がなかなか止まりませんでした。情景を浮かべると、もう涙が溢れてしまって…。義勇さんとのやりとりも、夢主さんへの想いも、もうたまらなかったです。ありがとうございました!!! (2021年5月3日 19時) (レス) id: 33c3d87eb8 (このIDを非表示/違反報告)
Rii(プロフ) - 占ツクでこんなに自然に涙が出た作品は初めてです。感動の一言では安いほどです。読んだこちらが幸せになる本当に綺麗な作品でした。これからも応援させて下さい。急な長文で申し訳ありません。ありがとうございました。 (2021年1月24日 12時) (レス) id: ae2ab4d40a (このIDを非表示/違反報告)
Rii(プロフ) - 初めまして。私も作者様と同じく最終巻の『子孫』という言葉に衝撃を受けた1人です。やっぱり同じ境遇の人いるよな、なんて軽い気持ちで読ませていただいてたのですが、読んでいくにつれて、作者様の言葉使い、ストーリー、表現力に本当に感動致しました。 (2021年1月24日 12時) (レス) id: ae2ab4d40a (このIDを非表示/違反報告)
しぃ(プロフ) - めっちゃ泣きました。感動でした。ありがとうございました(*゚O゚*) (2021年1月3日 1時) (レス) id: f715447a21 (このIDを非表示/違反報告)
ゆき(プロフ) - レモン紅茶さん» コメントありがとうございます!!お、落ち着いてください……!?笑 語彙力の寄付、有難く受け取らせていただきます^^( そんなに褒めて頂けてとっても嬉しいです!! (2020年12月24日 22時) (レス) id: debafb75d4 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:ゆき | 作成日時:2020年12月6日 17時