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庭の桜が散り、気がつけば若葉色が顔を覗かせていた。しっとりとした春の陽気も良かったが、爽やかな風の吹き抜ける初夏もなかなかどうして嫌いじゃない。
数日前の一悶着の末、俺たちは結局何も変わらないでいた。飽くまでも寝食を共にするだけで俺達は夫婦ではない。夜は別の布団で寝るし、勿論世の男女が行うような情事も一切無かった。
Aは妹のような存在に近い。いつかの日の妹たちを、彼女の奥に見ていたのかもしれない。
「実弥さん、お茶が入りましたよ。」
「あぁ、ありがとなァ」
「あとこれ、前に言ってたお萩です。」
「自分で作ったのか?」
「はい!頑張って練習しました!」
彼女が持ってきた皿の上に乗る小さなお萩。この小さな両手で作ったのだろうと思うと心が温かくなる。
気持ちの良い日だった。Aが来てから随分と穏やかな心持ちになれた気がする。思えば隊士時代は何かと躍起になってばっかりだったな。
(…………。)
そう言えば。
お萩を見るとどうしても思い出してしまう男が一人。
俺と仲良くなりたいだのと、何かと不格好なそれを押し付けてきた柱仲間。
「……あら?誰か来たみたいですね。」
立ち上がろうとした俺を見て、Aは「私が行きますから」と制した。
……何か、Aには何かと介護されてるような気がする。幾ら老い先短いとは言えど世間的に見ればまだ若いのだから、少し複雑な気持ちだ。
思い出した男の顔。
特に何を見る訳でもないけれど、俺は開け放した縁側の方に目をやった。そこには相も変わらず平穏な緑色が広がっている。夏がそこまで来ていた。
鬼殺隊解散後。俺は当時の連中と顔を合わせることを努めて避け続けた。何故かはわからない。多分億劫だとか、大体そんな理由だと思う。
「────実弥さん、お友達……がいらしてます。」
「ともだちぃ?」
少し焦ったように駆けつけるA。
俺は重い腰を上げて玄関の方へ向かう。廊下の途中、友達と言えるような人物を浮かべたが見当がつかなくて。
「──────久しぶりだな、不死川。」
「…………は、」
つい先程思い出した男が、そこにいた。
「なんで来た冨岡ァ……」
「友人の家に来るのに理由はいるのか。」
「……お前と友達になった覚えはねェ」
何を考えているか分からない能面顔。
……やはりこの男だけは相変わらず気に食わない。
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柚葉(プロフ) - 一気に読ませていただきました。涙がなかなか止まりませんでした。情景を浮かべると、もう涙が溢れてしまって…。義勇さんとのやりとりも、夢主さんへの想いも、もうたまらなかったです。ありがとうございました!!! (2021年5月3日 19時) (レス) id: 33c3d87eb8 (このIDを非表示/違反報告)
Rii(プロフ) - 占ツクでこんなに自然に涙が出た作品は初めてです。感動の一言では安いほどです。読んだこちらが幸せになる本当に綺麗な作品でした。これからも応援させて下さい。急な長文で申し訳ありません。ありがとうございました。 (2021年1月24日 12時) (レス) id: ae2ab4d40a (このIDを非表示/違反報告)
Rii(プロフ) - 初めまして。私も作者様と同じく最終巻の『子孫』という言葉に衝撃を受けた1人です。やっぱり同じ境遇の人いるよな、なんて軽い気持ちで読ませていただいてたのですが、読んでいくにつれて、作者様の言葉使い、ストーリー、表現力に本当に感動致しました。 (2021年1月24日 12時) (レス) id: ae2ab4d40a (このIDを非表示/違反報告)
しぃ(プロフ) - めっちゃ泣きました。感動でした。ありがとうございました(*゚O゚*) (2021年1月3日 1時) (レス) id: f715447a21 (このIDを非表示/違反報告)
ゆき(プロフ) - レモン紅茶さん» コメントありがとうございます!!お、落ち着いてください……!?笑 語彙力の寄付、有難く受け取らせていただきます^^( そんなに褒めて頂けてとっても嬉しいです!! (2020年12月24日 22時) (レス) id: debafb75d4 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:ゆき | 作成日時:2020年12月6日 17時