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当たり前の日常が明日も変わらずにあると、俺たちはいつまでも勘違いしている。
誰も彼も気づいている。それが淡い幻想であると知りながら、 暗黙の了解としてその形のない明日に縋って生きているのだ。
永久に続いてしまいそうな春も、気がつけばそのなりを潜めていた。
風の匂いが変わった。夜の空が高くなった。
そんな幾つもの微々たる変化を積み重ねて、変わりゆく自然を眺めていたある日のこと。
「………………遅いな」
返事をする者はない。代わりにまだ少しだけ冷える夕風がその存在を主張しているだけ。
Aが足りない食材を買いに出かけたのはもう一時間も前だった。たかが買い出しにここまで時間がかかるとは到底思うまい。
陽の落ちるのがまだ早い時分だった。「俺も着いていく」と申し出たが、「そんな大した荷物じゃありませんから。」と躱されてしまって。
遅い。
今一度時計の針に目をやるが、さっき見た時から秒針は殆ど動いていなかった。
もう一生この針が止まったままのような気さえした。
「……何してんだ、あいつ」
ひゅう、とまた風が吹き荒ぶ。
雲が暑い。気がつけば茜空は夜の闇に消えていた。
…………一雨降るな。
未だ動かぬ針を見て、俺は居ても立ってもいられなくなり腰を上げる。
自身の羽織と傘と、恐らく薄着であろう彼女を思って彼女の羽織も抱え家を飛び出す。
───雲行きが怪しい。
じわりと不快感が喉に込み上げて、僅かに汗が滲む。特に急がなければならないことは無いが、足は一向に早まるばかり。
何故かはわからない。ただ、本能が急げと騒ぎ出す。一分一秒でも早くAに会えと、騒ぎ出す。
走って、走って。こんな時に限って道には人が溢れ返っているし、探している彼女は見当たらない。
すみません、すみませんと当たる人々に口先だけの謝罪を漏らしながら、俺は彼女の居るであろう場所を探し回った。
そして遂に、遥か遠く佇む彼女の後ろ姿を、そこに認め。
「─────……もう、止めてください。」
風に乗って届いたのは、そんな悲痛に沈んだ声。
分からない。人が多すぎて、一秒でも目を離せば直ぐに彼女の姿は消されてしまう。
「どの口が言うか、この売女が。」
「…………あ?」
すれ違う人の中、やけに耳に届いたその言葉。それが彼女に向けられたものだと気づくのに、そう時間はかからなかった。
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柚葉(プロフ) - 一気に読ませていただきました。涙がなかなか止まりませんでした。情景を浮かべると、もう涙が溢れてしまって…。義勇さんとのやりとりも、夢主さんへの想いも、もうたまらなかったです。ありがとうございました!!! (2021年5月3日 19時) (レス) id: 33c3d87eb8 (このIDを非表示/違反報告)
Rii(プロフ) - 占ツクでこんなに自然に涙が出た作品は初めてです。感動の一言では安いほどです。読んだこちらが幸せになる本当に綺麗な作品でした。これからも応援させて下さい。急な長文で申し訳ありません。ありがとうございました。 (2021年1月24日 12時) (レス) id: ae2ab4d40a (このIDを非表示/違反報告)
Rii(プロフ) - 初めまして。私も作者様と同じく最終巻の『子孫』という言葉に衝撃を受けた1人です。やっぱり同じ境遇の人いるよな、なんて軽い気持ちで読ませていただいてたのですが、読んでいくにつれて、作者様の言葉使い、ストーリー、表現力に本当に感動致しました。 (2021年1月24日 12時) (レス) id: ae2ab4d40a (このIDを非表示/違反報告)
しぃ(プロフ) - めっちゃ泣きました。感動でした。ありがとうございました(*゚O゚*) (2021年1月3日 1時) (レス) id: f715447a21 (このIDを非表示/違反報告)
ゆき(プロフ) - レモン紅茶さん» コメントありがとうございます!!お、落ち着いてください……!?笑 語彙力の寄付、有難く受け取らせていただきます^^( そんなに褒めて頂けてとっても嬉しいです!! (2020年12月24日 22時) (レス) id: debafb75d4 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:ゆき | 作成日時:2020年12月6日 17時