幕引きは俺の手で ページ49
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驚いた。
本当に驚いた。
それこそ、月並みな表現ではあるけれど、心臓が止まってしまったような。
時折吹きすぎる風が、俺たちの髪を掬っては流れて。
月明かりは、やけに眩しくて。
東京のくせに、夜だけはやけに静かで。
そんな光に照らされる君は、ため息が出るほど綺麗だった。
｢…ほんと？｣
｢うん｣
｢好き、だったの…？｣
｢うん｣
俺の辿々しい質問に、間髪入れずに肯定するA。
その目に迷いなんて一切なかった。それこそ、あの文末の過去形があった故なのだろうけど。
好きだった、のだ。
今も好き、ではない。
もうAの心に俺はいない。
入る余地もない。
｢まじかぁ…｣
先程からぼやけていた視界が、更に歪んで見えた。
Aに見られたくなくて、顔を抑えてその場に踞る。こっちの方が、かっこ悪い気もするけど。
やっぱり俺は大馬鹿者だった。二年前からずっと。
下手すれば、時間を重ねる毎にそれは増しているのかもしれない。
スポットライトはとうの昔に浴びていたのに。俺はそれに気がつけなかったのだ。
そしてあろうことか、自らその舞台を下りた。
もしあの日。あの時。
Aを引き止めていたら。
好きだと、言葉にしていたら。
空いてしまったこの距離も、一歩でも縮まったかもしれないのに。
もう一度君と、光を浴びれたのかもしれないのに。
｢…っ、｣
すぅ、と胸いっぱいの空気を吸い込んだ。冷たいそれは、肺に入れるには少し痛くて。
吐いてしまう前に、立ち上がって、Aと目を合わせた。
今の俺は、多分めちゃくちゃかっこ悪い。涙で顔がぐちゃぐちゃになって、風に吹かれて髪もボサボサで。
でも、それくらい泥くさい方が俺らしい。
空気を吐こうと、試みようとした。
…みようとした、ということは、つまり試みれなかったわけで。
胸の辺りに何かが詰まって、吐き出せなかった。
それが何かは、すぐに気がついた。
｢A｣
｢結婚おめでとう｣
二年前のあの日から、ずっと溜め込んでいたその言葉。
肺の中の空気とともに、冷たい夜空に消えていく。俺の心の蟠りと共に、消えていく。
｢…ありがとう｣
二年前に止まってしまった時計の針が、ようやく動き始めたような。
そんな気がした夜だった。
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作者名：ゆき
| 作成日時：2020年4月25日 11時
