今日も推しが尊いよ。 ページ29
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｢橘、さん？｣
大好きなその声が、鼓膜で揺れた。
あぁ、ほんとに。
前世の私は一体どんな徳を積んできたのか。
あの後急いで店に向かうと、そこに思い描いてたどおりの人がいた。
急のことでお金も持たずに飛び出してきた私に、なんと彼は奢ってくれるとまで言い出したのだ。
向かいの席には、夢にまで見たキヨさん…。
なんて恐れ多いんだろう。ただのファンが、推しとテーブルを挟んで座るなんて。
｢あの時は、ありがとうございました。｣
前だってお礼を言ってくれたのに、今度は面と向かって深深と頭を下げるキヨさん。
意外と、律儀なんだ。
｢…このお店、好きだったんですよね。｣
｢…へえ｣
自分でもつまらないほど下手くそな相槌しか打てない。
そんな私に、キヨさんは依然ニコニコと話を進める。
｢料理は美味しいし、雰囲気もいいし、店員さんも優しいし｣
そう言って、ウーロン茶の入ったグラスを傾けるキヨさん。
ほんとに禁酒してるんだ。
…というか、キヨさん達が知ってる店員さんってほぼ私では？
あぁ、まあ助けた義理はあるもんな。
なんて。
｢もう、来れなくなっちゃったなあ｣
名残惜しそうな声で、ボソリとそう呟いた。
もうほとんど、夢を見ている気分だった。
酒も飲んでいないのに、視界は微睡むばかりで。彼と背景の境目がぼやけてゆくような。
眠たいのか、なんなのか。
自分でもよくわからなくなって。
｢橘さん、さ｣
｢は、はいっ｣
ぼんやりとしていると、名前を呼ばれ我に返る。
そう言えば、緊張のあまり彼に話させっぱなしにしてたなと思って。
彼は勿体ぶるように、次の言葉を喉の奥で温めていた。
切れ長な瞳は、じっと私を捉えている。
一口飲み物を口に含み、ゆっくりと飲み下した。
その首の動きを、ただ眺めて。
｢俺のこと、
知ってるでしょ？｣
あぁ、やっぱり。
｢なぁ、どうなの？｣
私はどうやら、夢を見ているようだ。
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作者名：ゆき
| 作成日時：2020年4月25日 11時
