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呆然と、目の前の暗い画面を眺めていた。
耳に入るのは職場の人の帰り際の声。いつの間にか空いてしまった周りの席を見て時間を確認。
────二月七日 23時28分。
「…………。」
結局、今に至るまで不死川に背中を押された私が冨岡に声をかける日は来なかった。
何度もその背中を追いかけては言葉に詰まって、彼もまた彼で気づいているのかいないのかよく分からない反応しか見せなくって。
もしかしたら、もう、私の事なんか嫌いになったんじゃないかって、そんな嫌な考え。
…………話して、どうなるんだろう。
正直な話、包み隠さずに言ってしまうと、私は多分、冨岡のことが────、
「……A、」
ふと揺れた、私を呼ぶ声。
はっとして顔を上げれば、そこには今この瞬間まで私の頭を占領していたあの男が立っており。
「……鍵、残るなら最後、閉めてもらわなきゃいけないが」
「あー……ううん、私ももう帰る。」
「そうか。」
今の私は上手く笑えているだろうか。
もう長らく冨岡と喋っていなかったから、この会話が不自然なのかどうかの判別も私にはつかなくって。
ふと見やる、冨岡の顔。
一番に沸き上がる感情は“ごめん”という一言に尽きる。けれどそれは恋じゃない。ましてや愛なんかでも。
────正直な話、冨岡が好きかどうかと言われればそれは限りなくNOに近い。
私なりにこの数週間、しっかりと考えた上での結論だった。逃げたわけじゃない。ただ彼の告白を真摯に受け止めた結果がこれだった。
……なの、だけど。
「冨、岡」
帰り支度を済ませた彼が部屋を出ようとしたから、思わずその先を考えずに裾を掴んだ。
驚いた顔。
この手、どうすればいいんだ。
「……えー、……っと」
まずはごめん?いや、いきなり謝ってもおかしい。私が言うべきは何だっけ。そもそも、冨岡は今、何を、
「一緒に帰るか」
「えっ、」
上げた視線の先、冨岡は優しく笑っていた。
だから私はあの夜を思い出してたまらなくなる。あの夜が私を殺す。
「うん……、帰ろう。」
力なく掴んでいた裾から手を下ろす。
口をついて出たのは、数週間越しにきちんと判断を下した結果の言葉だ。
ごめんね、冨岡。最低なことして、ごめん。
だからもう、逃げたりしないから。
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華澄(プロフ) - うわぁぁ不死川さん切ない……!けど、とても面白い作品でした……! (2021年1月18日 8時) (レス) id: 10a0ab61a8 (このIDを非表示/違反報告)
ゆき(プロフ) - 莉子さん» 莉子さん!度々コメントありがとうございます!!私の方こそコメントの通知が来る度飛び跳ねて喜んでました!!笑 文章についてお褒め頂けるだなんて物書き冥利につきます…………!! とっても嬉しいです!ありがとうございます!! (2021年1月17日 22時) (レス) id: debafb75d4 (このIDを非表示/違反報告)
ゆき(プロフ) - いろはさん» コメントありがとうございます!! 正直見切り発車で不安なところが多々あったので、そう言って貰えて何よりです!!頑張ります!! (2021年1月17日 22時) (レス) id: debafb75d4 (このIDを非表示/違反報告)
莉子(プロフ) - ゆきさん完結おめでとうございます、そしてお疲れ様でした!!この作品、本当大好きで、義勇さんが好きって言うのもあったのですが、全く先が読めない展開で、あとは世界観や文章の流れや、行間など、台詞も含めてとても才能を感じてました。新作楽しみにしています! (2021年1月17日 22時) (レス) id: da7568f49d (このIDを非表示/違反報告)
いろは(プロフ) - ヤバいくらいに面白いしキュンキュンしちゃいました!!!もう大好きです((次の作品も頑張って下さい!!! (2021年1月17日 21時) (レス) id: 7954c2eb45 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:ゆき | 作成日時:2021年1月8日 11時