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「────……全く、何をしてるんだ」
呆れ切った声が背中に投げられる。Aから逃げるようにあの部屋を去った俺は、はてさてこの抱え待った気持ちをどうしようかと悩んでいたのだけれど。
声の主は分かりきっている。このお節介な口ぶりと、続きが長くなりそうな間のもたせ方は絶対に、
「……伊黒」
多分、今の俺の顔は酷いだろう。何て返事を返そうかと思い悩んだのも束の間、時間をかければかけるだけ振り返りづらくなるだろうと思って、結局その名を呼ぶことにした。
伊黒は暖かそうな格好に身を包み、湯気の出る缶珈琲を握っていた。真っ白な溜息を吐きながらこちらに向かってきたかと思えば、ポケットに入れていた方の手を突き出す。握られていたココア缶。俺は渋々受け取って。
「Aの“彼氏役”のお前がどうして一人で帰っているんだ。」
伊黒に彼女と冨岡のことを洗いざらいに話したのは、ほんの数日前。
もう何を語る気にもなれなかったから、俺は半歩ほど道路の脇に寄って彼の歩く場所を空けてやった。
それに気付いた伊黒も足早に俺の横に並び、真っ暗な道に疎らな足音を響かせた。
「……。」
いつもはネチネチと煩いあの男が、こうも静かだと気味が悪い。……でも、多分、恐らく。所帯持ちのこの男がこんな時間まで俺を待っていてくれたのだから、きっとそういうことで。
だからこの男の無言だって、彼なりの優しさなのだ。
「…………まあ、失恋ってやつ?」
「……。」
「この一ヶ月で分かったわァ。俺って本当に意識されてねぇなって。」
苦しそうな彼女の顔が思い浮かんで、また心の奥がきゅうと痛んだ。
彼奴は。冨岡は想いを伝えれば、彼女の余裕をああも崩すことが出来るのに。
俺は勇気を振り絞ってキスをしたって、どうしたって。彼女の“友達”のレッテルが剥がれることは無かった。
失恋って、多分何も無いことだ。
俺とAの間、後にも先にも何も無いと確信できること。
「…………結局、売れ残りは俺だけかい」
缶珈琲を握るその手に光った指輪を見て、呟いた。
「あの二人が結婚するとでも?」
「まあ、するんじゃねぇの」
「何を根拠に」
甘い甘いココアを飲み下して、手に力が篭もる。
「────……好きだったやつのことは、俺が一番知ってる」
だから、まあ。言いたくないけどさ。
Aも案外冨岡が好きだったんじゃねぇの。
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華澄(プロフ) - うわぁぁ不死川さん切ない……!けど、とても面白い作品でした……! (2021年1月18日 8時) (レス) id: 10a0ab61a8 (このIDを非表示/違反報告)
ゆき(プロフ) - 莉子さん» 莉子さん!度々コメントありがとうございます!!私の方こそコメントの通知が来る度飛び跳ねて喜んでました!!笑 文章についてお褒め頂けるだなんて物書き冥利につきます…………!! とっても嬉しいです!ありがとうございます!! (2021年1月17日 22時) (レス) id: debafb75d4 (このIDを非表示/違反報告)
ゆき(プロフ) - いろはさん» コメントありがとうございます!! 正直見切り発車で不安なところが多々あったので、そう言って貰えて何よりです!!頑張ります!! (2021年1月17日 22時) (レス) id: debafb75d4 (このIDを非表示/違反報告)
莉子(プロフ) - ゆきさん完結おめでとうございます、そしてお疲れ様でした!!この作品、本当大好きで、義勇さんが好きって言うのもあったのですが、全く先が読めない展開で、あとは世界観や文章の流れや、行間など、台詞も含めてとても才能を感じてました。新作楽しみにしています! (2021年1月17日 22時) (レス) id: da7568f49d (このIDを非表示/違反報告)
いろは(プロフ) - ヤバいくらいに面白いしキュンキュンしちゃいました!!!もう大好きです((次の作品も頑張って下さい!!! (2021年1月17日 21時) (レス) id: 7954c2eb45 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:ゆき | 作成日時:2021年1月8日 11時