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俺がAを好きになったのは、彼女が見せる屈託のない笑顔にやられたからであった。そうして俺の好意なんて露知らずに笑う無邪気なその笑顔に、俺の恋心はまた一つ殺されるのだ。
────二月に入ってから、何度目かの夜だった。
「帰らねぇの?」
21時と少しを回った今。人の多い職員室で二人きりになるのは大変珍しいことであった。
カタカタとキーボードの音がピタリと止む。そして数秒の空白を経て、彼女──Aは決してこちらを振り返ることはなく、再び作業の手を動かした。
無視、じゃないな。聞こえている上で返事に困っている時の無言だ。でも変に次を考えているのを悟られたくないから、手元だけは忙しく動かして誤魔化してるんだろう。
「いいよ、先、帰ってて」
酷く冷たい声だった。
いつもの太陽のような彼女は何処へ消えたのだろう。今、俺の目の前にいる彼女は、一体。
「…………なんか、あった?」
ピシ、と音を立てて、指の先まで固まったA。
何かあったか、なんて。あるに決まっている。───Aと冨岡の間に何かしらがあったことなんて、誰がどう見ても明白だった。
周りの人間が苦笑いする程Aに付き纏っていた冨岡が、ぱったりとその行為を辞めたのはいつだったろう。
誰に対しても分け隔てなく接するAが、彼の前でぎこちなく笑うようになったのはいつだったろう。
変化は、あまりにも突然だった。ある日を境に、それはそれは突然に二人が変わってしまったから、そうして俺たちは二人の間に起こった“何かしら”に気づかざるを得なくて。
「……別に」
小さい声。手のひらが震えていた。
「不死川には、関係ないから」
なあ、下手な嘘をつくくらいなら、いっそ正直になった方がいい。言葉だけ取り繕うくらいなら、その見え透いた態度をどうにかしなくっちゃ。
「あるよ」
「…………。」
「……今まで、まともに何もしてやれなかったけどさ」
「…………。」
「最後くらい、フリでもいいから彼氏らしいことさせろよ」
キィ、と音を立てて椅子が回った。
今にも泣き出しそうなAと視線が絡まる。
その瞳の奥に俺の姿なんてまるで映ってない。だって今のお前の頭の中は、一部の隙もなくあの男一色に染まってるんだろうから。
でも。本の少しでも。俺がそこに入れたらって、思ってしまう俺はまだまだ大人になりきれてないのかな。
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華澄(プロフ) - うわぁぁ不死川さん切ない……!けど、とても面白い作品でした……! (2021年1月18日 8時) (レス) id: 10a0ab61a8 (このIDを非表示/違反報告)
ゆき(プロフ) - 莉子さん» 莉子さん!度々コメントありがとうございます!!私の方こそコメントの通知が来る度飛び跳ねて喜んでました!!笑 文章についてお褒め頂けるだなんて物書き冥利につきます…………!! とっても嬉しいです!ありがとうございます!! (2021年1月17日 22時) (レス) id: debafb75d4 (このIDを非表示/違反報告)
ゆき(プロフ) - いろはさん» コメントありがとうございます!! 正直見切り発車で不安なところが多々あったので、そう言って貰えて何よりです!!頑張ります!! (2021年1月17日 22時) (レス) id: debafb75d4 (このIDを非表示/違反報告)
莉子(プロフ) - ゆきさん完結おめでとうございます、そしてお疲れ様でした!!この作品、本当大好きで、義勇さんが好きって言うのもあったのですが、全く先が読めない展開で、あとは世界観や文章の流れや、行間など、台詞も含めてとても才能を感じてました。新作楽しみにしています! (2021年1月17日 22時) (レス) id: da7568f49d (このIDを非表示/違反報告)
いろは(プロフ) - ヤバいくらいに面白いしキュンキュンしちゃいました!!!もう大好きです((次の作品も頑張って下さい!!! (2021年1月17日 21時) (レス) id: 7954c2eb45 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:ゆき | 作成日時:2021年1月8日 11時