遊郭物語 -新都編- 伍 (ページ42)

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二階の大広間まで歩みを進める。

壁を取り払って広間を繋げたその部屋は、舞や楽器の練習に打ってつけだ。この楼内でも最も広い場所となっている。

開けっ放しにされていた襖から中の様子を伺えば、

花魁道中の終了後、お客様のためだけに披露する舞を練習しているテヨンと、楽器隊の姿があった。

…炭の中の、真っ白な椿。

扇を手に、雅やかな音楽をも身に纏う。
圧倒的な華を彼から感じる。

そう、華だ。

彼には生まれ持っての美貌と華がある。
他の誰にも醸し出せない、彼だけに与えられた天からの贈り物。

…花魁の舞なんて腐るほど見てきた私ですら、

テヨンとそれからテンの舞には
毎度、我を忘れて見入ってしまう。

ふと、音楽が止まる。

テヨンの着物の裾が、時を止める。

その大きな瞳と目が合えば、

…彼は花が咲くように笑うんだ。

「楼主様！」

「…、」

何を思ったのか、日頃よりも無邪気に笑う姿は

…幼い頃の貴方を見ているよう。

扇を閉じて帯に挟み、私に摺り足で駆け寄ってくる姿も、まるであの頃のようだ。

綺麗な花を見つけた時や

大雪の日に小さな雪だるまを作った時

素敵な髪飾りを自作出来た時

満足のいく絵を描けた時

“楼主様、見てください！”

…なんて、無邪気に笑って

私に駆け寄ってきた。

そんな彼の姿が、瞬間的に蘇る。

「時間が出来たら伺おうと思っていたんです。丁度良かった…」

「あら、何か用事でもあったのですか？」

「…僕の髪を、やってほしくて」

「ああ… 本番当日へ向けての染髪ですわね」

「はい」

「承知しました。いつ頃がよろしいですか」

「ありがとうございます。今日は休息日で、諸々の練習が終わった後は何も無いので…」

「では、十二時に。わたくしの部屋へお越しなさい」

「分かりました」

微笑む彼の姿が、いつになく柔らかく見えて
それでも立ち去っていく後ろ姿は花魁らしい風格に包まれていて

誰よりも麗しい。
誰よりも目を惹き付ける。

そんな彼の、子供のような無邪気な姿が
胸の奥を締め付けるのは何故だろう。

こういう瞬間に、思うことがある。

彼の笑顔を、あの無垢な微笑みを

永遠に守り続けていたいと

…そんな、無謀なことを。

まるで一縷の希望のように

それに、縋(すが)るように。

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