日記帳 ページ1
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七月一日 晴れ
父に連れられ 遠く離れた港町まで向かった。
取引先との会談のためだと言う。私も商学を勉強したかった。よい機会だったと思う。
商談を見学させてもらったあと、父は私に 好きに街を見て回ってよいと告げた。
港町らしく、栄えている街だった。
露店で、硝子で出来た簪を見つけた。
商店街のすぐ裏には、困窮者や身寄りのない者が暮らす路地があった。
こんなにも貧富の差が 歴然と見て取れるのかと
少々 驚きながら彼らの横を通り過ぎた。
その瞬間、一人の少年と 目が合った。
大きな黒い目が、私を見上げていた。
年は 十三、十四、それくらいか。
色白の体は痩せ、ぼろぼろの衣を身にしていた。
しかし、私は そんな少年の薄汚れた肌の奥底に秘められたる美貌に 魅せられた。
私に物を乞っていたのか、
ただ 見上げていた彼に 声を掛けた。
名前は。
そう尋ねると、彼は「無い」と 小さな声で言った。
家族は。
そう尋ねると、彼は「いない」と 答えた。
私と一緒に来ない？
そう尋ねると、
彼は 頷いた。
午後、私は父に彼のことを紹介した。
彼を私の愛人として育ててもよいか、という問いに 父は頷いた。もしも美男に成長したら、遊郭に出せばいいとでも 考えていたんじゃないのか。
馬車で都へ帰る間、彼に色々 質問した。
彼は物心ついた頃から、あの路地でひとり 生きていたと言う。
親らしき人物の顔は見たことが無いと語った。
生活のために窃盗を繰り返しており、文字の読み書きは出来ないと言った。運動は得意だと言った。
あなたは何をしている人なんですか、と彼が私に尋ねた。私は、ただ 父の貿易会社を手伝っている一人娘だ、とだけ 答えた。
都に戻り、彼に部屋と服と食事を与えた。
彼は戸惑っていたが、食事を元気よく食べたあとは 落ち着いた様子で私の話を聞いていた。
これからあなたに教養を叩き込まなくてはならない。
そんな私の言葉に、彼は興味を示していた。
そして、あなたには名前が必要だ とも伝えた。
彼は“名前”という新鮮な言葉の感覚に、瞳を輝かせていた。
何か 自分のなりたい、好きな名前はあるか、と尋ねると 彼は「よくわからない」と言った。
私は彼を、
テヨン と 名付けた。
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作者名：如月
| 作成日時：2021年1月11日 10時
