遊郭物語 -新都編- 伍 (ページ9)

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…震える唇が、離れていく。

テヨン自ら緻密に施した化粧。
目尻に引かれた焦げ茶と紅の線がはっきりと見えるくらいの距離に、私たちは居る。

「…みっともない。じきに開店ですわよ」

わざと、そんな口調で彼を窘(たしな)める。

テヨンは、……テヨンのくせに

悔しそうに、唇を引き結んで

また私の肩を抱き寄せたかと思えば、

深く深く私に口づける。

麝香(じゃこう)がすぐそばで薫る。

数日前、薄い桃色に染めてあげた髪が
私の目の前で揺れる。

柔らかな舌で、私の口内を侵していく。

「っ…… …テヨン、…」

「……、」

「…やめなさい、っ…」

広くなった肩を押すと、
男らしい力で抵抗してこようとするから

その頬を、ぶつ。

淡白な音が、暗い部屋に響いた。

テヨンの横顔が、俯く。

…瞬時に赤らんだ頬が、
夕闇に呆気なく呑まれていく。

私は乱れた襟元を直し、
すぐ彼のもとへと歩みを寄せて
崩れてしまった彼の着物の形を直す。

テヨンは、顔を上げて

私の頬に触れようとして

…力無く、その腕を下げた。

「全く… こんな格好ではお客様の前には出せませんわ」

「…Aさん」

「およしなさい、わたくしを斯様(かよう)に呼ぶのは」

「…、」

「分かりましたね？さあ、行きますわよ」

…なんで。

不貞腐れたような顔、するのよ。

いつまで経っても歩き出そうとしない彼の手首を、しょうがなく引くと

彼はとぼとぼとついてくる。

…部屋から出る前に、今一度切り替えておかなくては。

彼に向き直り、容赦の無い視線で
かつて彼を叱っていた時のように、この世のどんな造り物よりも綺麗なテヨンの顔を見上げた。

「…何の不満があるのですか。早く言いなさい」

「…Aさん、」

「…」

「……ごめんなさい…」

テヨンが俯く。

…反省はしている、のか。

それでも彼は、まだ何か言いたげに

唇を震わせた。

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