錯乱 ページ12
おれは彼女の家から逃げるように帰宅した。 もう薬の効果はとっくに切れていて、身体を静止させると、激しく震えているのがわかった
履き潰した靴を脱いで、這うようにして部屋のベッドに隠れる
深呼吸をしようと眼をとじても、うまくいかない。 彼女がいるときは、すぐ落ちついたのに。 はっ、はっ。 犬のような短い呼吸が、おれ自身を責めたてるようにくり返される
頭から布団をかぶって、きつく眼を瞑って、思いだす。 彼女がくれた人形を抱いて。 彼女の声。 やさしい囁きを
『もう泣かなくていいんだよ』
『わたしが傍にいるから』
『大丈夫だよ』
『なんにも考えなくていい』
「大丈夫だよ……大丈夫だよ……大丈夫だよ……」
彼女がおれにかけてくれた言葉を思いだしながら、同じことをくり返す。 大丈夫。 大丈夫。 彼女が大丈夫といってくれたんだから、おれは大丈夫なんだ
遮光カーテンで外界を断ち切った部屋に、おれの情けない涙声だけが
世界に向けて盛大に語りかけていた頃のおれしか知らないやつは、きっと、こんな姿を見たら笑うんだろうな
もう、そいつらと繋がるようなもんは全部ぶち壊したから、笑われる
「大丈夫、大丈夫、大丈夫、大丈夫、大丈夫」
ああああああああああ
結局、おれはなにひとつ変われていなかったんだ。 普通だなんて思っていたのは自分だけで、おれは、おれはこんなにもおかしいんだ
考えていることが、発される言葉が、だんだんと支離滅裂になってゆく
収まったと思っていた悪口が、鮮明に、ボリュームをあげて、おれに襲いかかる
「やめえええええ」
誹謗中傷? 罵詈雑言? おれはだれに、なにを否定されているんだ
耳が痛い
頭が痛い
彼女、彼女の人形。 おれを見つめてくれ。 眼をあけると、布団の奥から、だれかがおれを睨みつけていた「わああああっ」
転がるように布団からでて、リビングへ走る
壁から腕が生えていた。 いくつもの眼が、おれを追っていた。 捕まったら死ぬ、死ぬ、死ぬ!
「あああああ」
きっと薬を飲んだって、また、堂々巡りになるんだ。 わかってる。 わかっている。 だけど今、この今が耐えられないんだ
おれはテーブルに散らかしたままの錠剤をいくつか手にとって、そのまま口に放りこんだ。 奥歯で噛み砕きながら、嚥下する。 薬の性質なのか、おれが麻痺しているのか、薬特有の苦みなどは一切感じなかった
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作者名:玲佳 | 作成日時:2020年4月4日 19時