束の間の幸福 ページ11
身なりを整えたキヨちゃんが、わたしの作ったハンバーガーを口いっぱいにほおばる
昨日見た光景と、なにひとつ変わらない。 ただ、食べているものが違うだけだ
涙袋を浮かせて、嬉しそうに眼を細める彼は、なんだか昨日よりもまともに感じられた
「野菜は抜きのキヨちゃんスペシャルだよ。 どう？ お味のほどは」
そう訊ねると、彼はばっと顔をあげて、使い古した
「うめェ！ うま杉田玄白だわっ。 店だせるって、マジで……そんぐらいうめェ」
「それ、キャッチコピー？ お客さんくるかな……」
「じゃあ、うま杉謙信」
「大差ないよ？！」
彼は相変わらず口のまわりを汚しまくっていたが、そんなことは気にならないくらい、昨日の彼を忘れるくらい、わたしたちは
しばらくして、遅い昼食を終えると、彼が、そろそろ帰るな、と席を立った
「あ、じゃあ……」
「大丈夫だよ。 ひとりで帰れる。 昨日のおれとは違うだろ？」
「……そうだね。 じゃあ……寂しいけど、またね。 また、いつでもきたらいいからね」
来客時が騒がしかっただけに、別れはやけにあっけなく感じた
わびしい背中を見送ろうとして、わたしはあることを思いだした「あっ。 キヨちゃん、ちょっと待ってて、渡したいものがあったの」「ん？」
真っ赤なスタンスミスを履きながら振り返ったキヨちゃんに、わたしは、彼と連絡の途絶えていた間に作った羊毛フェルトの人形を渡した
「ちょっと子どもっぽいかな？ わたしたちふたりの人形にしたから、お互いがお互いのもってたら、ひとりでも寂しくないかなーって……」
大きな手のひらに収まるそれを、じっと見つめるキヨちゃん
「キヨちゃん……？ あの、嫌だったら、」
「んーん。 もってる。 ありがとう、Aちゃん。 たしかに、これならひとりのときでも乗り切れそうだな。 Aはおれの人形をもってるってことだよね？」
「う、うん」
「ん……いいな。 ありがとう。 おれ、がんばるな」
彼の涼しげな瞳がせつなく揺れていたが、わたしはなにもいわなかった
彼は彼の道を、彼自身で歩まなければならない
わたしは寄り添うだけ……なにも、それ以外にはなにもできない。 してあげられないのだから
ラッキービデオ
クッキングママ
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 105人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：玲佳 | 作成日時：2020年4月4日 19時
