S.tiger【病系短編集】11

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日もほとんど暮れてきたころ、遠くで花火の上がる音がした。腕をマッサージしていた手を止めて、縁側から庭に降りる。



如「…そっか。今日、花火大会の日か。」


この家からは見えないけれど、今日は地元で恒例になっている花火大会の日なはずだ。俺は、庭から部屋の中で眠る海斗の顔を見た。





“俺、別にここ嫌いじゃないよ。花火大会だってあるし。”



あれは、俺が大学受験、海斗が高校受験を控えた年の夏だった。少しおどけた調子で言う海斗の表情は、今でも鮮やかに思い出せる。



だから安心して東京行きなよ、と海斗は言った。きっと海斗は、この時にはもう一生地元に残ることを決めていたんだろう。




俺と海斗は早くに母親を亡くして、物心ついたときには父親と3人で田舎の古い家で暮らしていた。父親を1人にしたくないっていう思いは、口に出さなくても俺も海斗も持ち合わせていたはずだ。


でも、その思いをより強くしていたのは海斗の方だった。俺はバカだから、とか明らかな嘘をついて、これまた明らかに進学の希望を隠し切れなくなっていた俺の背中を、弟は優しく押してくれた。





如「…ありがとう、海斗。」


賢くて、俺の何倍も優しい弟。



部屋に上がって、俺はその腕にもう一度触れた。高校を卒業してすぐに地元の会社に就職して、以来ずっとこの家を支えてきてくれた強くて優しい腕に。


足と同じように、腕のかたちもすっかり変わり果ててしまった。でも、これまでの海斗が、これからの海斗が、全部奪われるわけじゃない。絶対に、そうはさせない。



如「俺にも、守らせてね。」


耳元でささやいて、海斗の腕を両手で包む。花火の音を聞きながら、俺は祈るようにその手をひたすら動かし続けた。

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