参 ページ3
数日後になると、不死川は花街へ来ていた。天狗の葉のような物を持った鬼に、吹き飛ばされた場所を見つめる。確かあの辺りか、と記憶を辿るが真っ暗な中、景色を覚えようとする気も無かったため、どうにも思い出せない。
「おい…」
「は、はい…、何でしょう」
「卯雪って奴、しらねぇかァ」
「卯雪は、荻本屋の花魁です…」
それでは、と怯えたように貧弱な男は去って行った。忘れないように、おぎもとや…、と繰り返すように呟いてみる。一通り歩けば、荻元屋、と書かれた垂れ幕を見つける。向かい側の屋根に登り、あの女が手で来るのを、ひたすらに待っていた。だが、二刻が過ぎる頃には気が立っていた。一刻でも、暇をもて余すのに、二刻は不死川には到底我慢出来なかった。二階の障子を貼った窓を、乱暴に開けた。
「…誰もいねぇじゃねぇかァ」
無空間、とでも言うように部屋には影がかかり、静かだった。窓辺に笄を置いて窓を閉める。不思議には思うだろうが、この笄には気づく筈だと不死川は屋根を降りた。そのまま、する事も無いので家に帰ろうかと思ったが、昨日食べたカステラを思い出して、甘い物を食べたくなってきた。
近くの菓子屋でも行くか、と歩き進めたのはいい。だが、その気も失せるような事が起きた。新しく出来た菓子屋なのだろうか、大行列がそこにはあった。渋々と言った形で、最後尾に並んだ。不死川が後ろに廻ったせいで、前にいた小さな女に影がかかった。
それに気づいた女は、振り返って不死川を見上げた。その目は大きく見開かれている。袴姿にブーツ、小さな唇には薄く紅がさされている、いたって普通の女。ただ、周りよりは少し別嬪であったことだけで、不死川はこの女に見覚えが無かった。
「奇遇ですね、」
「……」
分からない、と言うより覚えてないと言った様子の不死川に、女は数日前に飛んで来た方ですよね？、と確認するように訊ねた。それで探していた人が今、眼前にいる事に気づいた不死川も、驚いたように目を見張る。こんな偶然があるのかと、耳目を驚かすとはこの事だろう。
不死川は咄嗟に、笄の事を告げた。そうすると、女は更に驚いたような表情をする。焦ったようにもたついた後、思い出したように御礼を言って頭を深々と下げた。表情が表に現れやすい。感情がころころ変わって忙しい。そんな言葉は彼女の為に作られたと言っても過言ではないように感じた。
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作者名：鮭餅 | 作成日時：2019年10月20日 12時
