＊ ページ21
考え事をするのは、海と決めていた。
湿気を多分に含んだ潮風がぬるりと
頬を掠めていく。
夏の夜、人影の消えた船着場に腰を下ろし煙
草を一本くわえた。
舶来のそれは、まさに異国の味わい。
白煙が闇に向け立ち上り消えていく。
“会社を興してみないか？”
声を掛けてくれたのは、出入りさせて貰って
いる貿易会社の社長だった。
またと無い機会、迷うなんてどうかしている。
「……伊野尾君、俺学校辞める。」
「 そっかぁ、」
夏の日差しに驚く程不釣り合いな彼は、その
日も木陰にとっぷり隠れて本を読んでいた。
「声掛けて貰って、会社始める事にした。」
「そっかぁ、」
伊野尾君は、表情ひとつ変えないで同じ調子
で相槌を打つ。
目線は、手元の頁に落としたまま動かない。
夏風に揺れる青葉の様に、胸の真ん中がさっ
きからざわざわと音をたてている。
俺は、そこから一歩も動けなかった。
“ パタンッ ”
読みかけの本を閉じた伊野尾君がゆっくりと
立ち上がる。
あとはもう薄い背をくるりと反転させ、校門
へと続く道にゆらゆらと足を踏み出してしまう。
最後に一目、君の瞳に映れたらなんて、あま
りに勝手な自分の思考が嫌になる。
「…………ねぇ、これ頂戴？」
俺は制服ではなく開襟のシャツを着て、頭に
は麦藁帽子を乗せていた。
もう振り返らない筈の伊野尾君が、こっちを
見ている。
茶色の瞳には、確かに俺が映っていた。
そっと両腕を伸ばし奪いとったのは、俺の
麦藁帽子。
嬉しそうに微笑んで、自らの頭にふわりと被
せた。
「俺の“ハジメテ”は、全部高木に貰った
から。
忘れない様に、これ頂戴ね……」
掠めるだけの口付けは、伊野尾君からの
餞別の意。
「じゃあね、高木。頑張って。」
今度こそ振り返る事の無い背が遠ざかる。
手を伸ばし、引き寄せて、もう一度柔らかな
唇に触れれば良いのだと思わなかった訳が無い。
でも、
俺は立ち止まれないから。
この世を生き抜けなかった“父親の分“まで、
生きて生きて生き抜いて、証を残さなくては
いけないから。
馬鹿だと笑ってくれて良いよ。
それでも俺の生きる指針は、やっぱり変えら
れないのだと、空を仰ぎ見た。
伊野尾君が自ら振ってくれた手を、俺が引き
止めて良い訳が無い。
…
…
ねぇ、伊野尾君
あの麦藁帽子は、今も君の側にいるのだ
ろうかと、思う事だけは許して欲しい。
続
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ぴよ(プロフ) - ひびた。さん» ひびた。さんありがとうごさいます！詩って難しいですね、小学生以来書いた気がします。だいちゃんが良いひとで、私も書きながら胸が一杯になりました(>_<)ytin再会はだいちゃんの優しさがもたらした奇跡かもしれませんね。続も是非お付き合い下さい♪ (2017年3月5日 13時) (
レス) id: 515f116419 (このIDを非表示/違反報告)
ぴよ(プロフ) - けいままさん» ありがとうごさいます。けいままさんに詩を読みたいとのコメ頂いて私覚悟を決めました 笑 お届け出来て一安心です＊＊ 高木君を見送って、ひとり見上げた秋の空 。いのちゃんが書いた最初の作品という事で☆気に入って頂けて嬉しいです(*´ー｀*) (2017年3月5日 13時) (レス) id: 515f116419 (このIDを非表示/違反報告)
ぴよ(プロフ) - にゃーごさん» 今日は。素敵なコメありがとうごさいます。私もにゃーごさんと全く同感でたった一つでも拠り所があれば結構頑張れてしまうものだなと思っています。お話中では皆の気持ちに寄り添って見上げた空の色まで表現出来たら嬉しいです。次章も是非読みにきて下さい☆ (2017年3月5日 13時) (レス) id: 515f116419 (このIDを非表示/違反報告)
ぴよ(プロフ) - 夏夢さん» ありがとうごさいます。お話があちこちに繋がってどんな世界が広がるのか。私も書きながら探っていきたいと思います。次章、今暫くお待ち下さい( ´∀｀) (2017年3月5日 13時) (レス) id: 515f116419 (このIDを非表示/違反報告)
ぴよ(プロフ) - coさん» コメありがとうごさ います( ＾∀＾)色んなありいのを考えたのですが、だいちゃんはやっぱりだいちゃんでした。いのちゃんの気持ちを分かっていながら黙って側にはいられない。切ないけれどそれが答えなんですね。続編も宜しくお願いします＊ (2017年3月5日 13時) (レス) id: 515f116419 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名：ぴよ
| 作成日時：2016年10月23日 13時
