この世の欲しを花と云う(続 jump×jump)

○ ページ39

梅雨入りが発表されて一週間。
今日も窓の外ではしとしと雨が降っている。
湿気を受けてまとまらない前髪を引っ張って
いると、隣のデスクから高木が声を掛けてきた。

「伊野尾君の髪後ろ側もはねてるよ。
可愛いね〜！」

「煩いなぁ…なんで高木はそんなにさらさら
してんだよ。ずるい…。」

高木の髪は、いつもさらさらで寝癖が
ついているのを見たことが無い。
細くて柔らかい綺麗な髪。
行為中、さらりと肩口に触れるその感触を
思い出す。
俺は、相当重症だ。

「ねぇ…今日は二人で飲みに行かない？
伊野尾君が好きそうな和食のおいしい
お店見つけたんだ。」

パソコンに向かう背中が大きく揺れた気がした。
そんな俺が高木の誘いを断れる訳がない。

「…いいよ。高木と二人なら行く。」

「もちろん二人。じゃあ決まりね！」

高木はきっとこの前のお詫びのつもりだろう。
二人の予定が大人数になってしまったから。
でも…嬉しい。

18時過ぎには退社して、高木の案内で件の店へ
向かった。
予約してあったのは落ち着いた雰囲気の和食屋。
高木が名前を伝えると、一番奥の個室に案内
された。
二人向かい合って、最初のビールで乾杯する。
既に火照った身体に冷たいビールがゆっくりと
染み込んでいく様だった。
先付から始まって椀物、焼き物…ちょっとした
コース料理が運ばれてくる。
どれもとても美味しくて、先に出して貰った
白米がどんどん進む。

「どれもホントにおいしいわ！
さすが高木だな〜！」

高木はそんな俺を楽しそうに見つめている。
いやでも…こないだの穴埋めにしては
随分至れり尽くせりだな。
頬を膨らませ、もぐもぐ白米を掻き込みながら
探る様に高木を見返した。

「…んっ？あぁ、心配しないで。
今日は、俺の奢りだから。

“明日伊野尾君の誕生日でしょ”」

俺の誕生日覚えててくれた。
俺の好きそうな和食屋を探して予約してくれた。
高木…そんな事されたら期待しちゃうよ。
これも皆平等な優しさなのか？


高木がお会計を済ませると、並んで店を出た。
梅雨特有の静かな雨が降り続いている。

「あぁ…やっぱり止みそうもないね。
近いけどタクシーで帰ろうか…？」

軒先から外側へ手を伸ばした高木が言った。
かざした指先が雨にしっとり濡れている。
俺は、高木の綺麗な横顔をじっと見ていた。
雨音なんて全然耳に入ってこない。
やっぱり俺には、高木しかいない。
ただ高木の気持ちが聞きたかった。

「…ねぇ…高木…俺の事どう思ってる？」

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